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雨の日だからか、いつもより人が集まった図書室。
普段はがらんとしているのに、今日はほぼ埋まっており、
席が空いていたとしてもグループの雑談の場として使われていた。
流石に、声をかける勇気は出ない。

気になる本を見つけ、仕方なく立ち読みする。

「おい、あー、えっと。雨宮。」
ふと、先程まで私に背を向けて座っていた男子生徒が
小声で声をかけてきた。

中村先輩だ。
中村先輩。彼は私の所属する弓道部の、1つ上の先輩である。

「赤井ですよ」

ふっ、と微笑みながら間違えられた名前を修正する。
1文字しか合ってないじゃないですか、も添えて。
彼の言っていた雨宮とは、彼が高校1年生の時の、
大変お世話になった先輩らしい。

中村先輩は、今年からデザインが変わったらしい制服の襟元を、
落ち着きのない様子でいじりながら。悪い、人の名前を覚えるのは苦手なんだ。と言った。

彼は続けて、「ここ、座るか?」と向かいの席を指し言ってくれた。

礼を告げて席に着く。
本を開こうとすると、ふと周囲の会話が気になった。

電車にイケメンがいただの、新作ゲームのグラフィックが綺麗だの、色々。

雑談をしたいのなら教室でいいのでは。

雨がいっそう強く降る。
周囲の会話と共に、そんな思考も飲み込んだ。

改めて本を開き、ページをめくる。

会話をかき消す雨音と、聞こえるか聞こえないかの境目の、
自身のめくる紙の音が心地よい。

いつもより人が多いのに、
いつも以上に安心するのは何故だろうか。

雨だからだろうか、それとも___。

向かいの席の先輩に目をやる。

がっしりとした体つきと、言葉を発せば低い声が。
それでいていい匂いがする。

出会ったのはほんの数ヶ月前なのに、
もう恋に落ちてしまったというのか。

またいっそう雨が強くなる。

大きな雨音が、そんな思考を飲み込んだ。

視線を手元に戻す。

でもやはり考えてしまう。

恋など興味ないと思っていた。

私とは無縁なものだと思っていた。

君が私のことをどう思っているかなんて、分からない。

ただ、それでも___




もう少し、君と。このままでいたい。




⦅2025/09/08 雨と君⦆

9/7/2025, 9:18:34 PM