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この教室には、俺しか居ない。
先程までは生徒たちで賑やかだったのにな、
なんて思いつつ教室を後にする。

この教室には、誰も居ない。
鍵をかける。
よし。今日は来なかった。
職員室へ行くため、無駄に長い廊下を歩き出そうとした。
その瞬間。


またか。


また来たのだ。
誰も居ないはずの教室に、1つ。


女子生徒だった。


この学校の制服を着た。


またか、というのは
俺は何度もこいつに遭遇しているということだ。

扉を開けて、声をかけたらって?
そんなの、出会った初日はやってみたさ。

扉を開けて、声をかけて、話して。
こいつ、普通に話すんだよな。
俺と妙に話し方が似ていて、ふと気が合うと思った。

得体の知れないものに話しかけるなんてどうかしてた。
何故得体の知れないものと分かったのかって?

先程、この学校の制服を着た女子生徒と言ったが、
彼女の制服は "旧デザイン" の制服だ。

俺が教師になる、ずっとずっと前の制服だ。
そんな前の制服を汚れ1つなく着こなせるだろうか。

もう1つ、こいつが人間ではないという証拠がある。

触れられないのだ。

教師だから、触れて訴えられる云々の話ではない。
物理的に触れられないのだ。

そんな奴が扉越しで俺を見つめている。

数十年前の制服で身を包んだ女子生徒が。




母に似ていた。




母は俺を産んですぐに旅立った。

俺が幼い頃に間近で見た母の顔ははっきりと覚えていないが、
写真で見た制服に身を包んだ若かりし頃の母の顔は覚えている。

母はこの学校の生徒だったらしい。

こいつはあの写真の母にそっくりだ。

まだ俺を見つめている。

「あまり帰りが遅くなるなよ。」

もう一度扉を開けて、声をかけた。

彼女は答えるでもなく、微笑みを返すだけだった。

もう一度扉を閉める。

彼女の姿はなくなった。





この教室には、誰も居ない。

⦅2025/09/07 誰もいない教室⦆

9/6/2025, 9:52:54 PM