虎塚

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3/15/2026, 12:32:38 PM

「せんぱーい、遅いですよ!」

「待ってくれ、そんなに急がなくてもいいだろ...」

 二人は螺旋階段を登っていた。疲れ果てたグリムは黒いレンガの壁に手をかけながらゆっくりと進む。先行していたリュミアが戻ってきて、階段に腰掛ける。グリムは差し伸べられた小さな手を取り、隣に座る。

「おまえ、いつもこんな階段登ってるのか?」

「そうですよ、これ修行のうちですから」

 彼女は子供のころからこの塔の頂上で星占いの修行を積んできたらしい。今夜はきれいな星が見れるということで、誘われてついてきたのだった。超新星がどうとか、そういう話を熱心に話してくれた。

「まるで永遠に続いてるみたいだ」

「もう少しで終わりですよ」

 ふとリュミアは何かに気づいたように俯き、申し訳なさそうに言う。

「ごめんなさい、やっぱりもう少し休みましょうか、先輩に無理させちゃうの悪いです」

「いや、大丈夫だ。登れるさ」

 きっとこんな機会ももうないのだ。彼女が自分を誘ったのはそういうことなのだろう。
 頭上を見上げると、塔の頂上から溢れた星灯りがかすかに煌めいていた。

3/8/2026, 11:21:51 AM

 この先に価値あるものなんて何一つないのかもしれない。

 錆びたフェンスを越えた先、廃れた工業地帯で、アーシャは立ち止まる。そこは工場の中だった。床には鉄くずが散乱していて、天井の割れたガラス窓からは冷たい日差しが差し込んでいる。

 アーシャは錆びた銀色の棒のようなものが飛び出たリュックサックを下ろすと、瓦礫のなかの尖っていないところに座りこむ。

 こんなところまで来たのは、滅びを待つだけのあの村に嫌気が差したからだ。周りの大人たちはみんな希望を持たせるようなことを言うが、ほんとは未来のことなんて何も考えていないんだとアーシャは知っている。だから自分がなにかやらないと、と思ったのだ。

 リュックから棒を抜き取る。その棒には黒い針金のようなものが巻き付いていて、持ち手部分にはダイヤルやらボタンやらがついていた。

「アー、アー。誰かいる?」

 アーシャはダイヤルを回し、ボタンを押しながらその機械に声をかける。

「おーい、誰か聞いてないの?だれか...」

 数十分ダイヤルをいじったり、機械を叩いてみたりしていたが、ザーザーとノイズが走るだけで、返事はなかった。

アーシャは小さなため息をつくと、リュックを背負い、再び歩き始めた。

3/7/2026, 2:55:47 PM

 茉莉はまだ帰る気にはなれなかった。
 家に帰ったらいつものようにSNSを眺めているだけで眠ってしまうのだろう。それでは満足できないまま今日が終わってしまうような気がした。
 茉莉はブランコに揺られながら、今日のことを反芻し続けている。
 最終面接があった。第一志望で、二年前から受けようと決めていたところだ。なので、準備は怠らなかったつもりだ。だが今日、「志望動機は?」と聞かれて、何も言えなかった。もちろん、「弊社の...」から始まるつらつらとした答えは用意してたし、それを言えば受かっていたかもしれないが、何も言えなかったのだ。

「あー」

 冷たい夜風が肌を刺している。茉莉はヘアゴムを人差し指でくるくる回しながら、ぽつんと浮かぶ星を眺めていた。
 突然、がさっと足音がして、茉莉はそちらに目を向ける。辺りは暗く、見えづらいはずだったが、その毛並みの整った真っ白な猫は、夜中でも目を引いた。
 すると突然、誰かの低い声がした。

「おっと...これは失礼。」

「え?」

 きょろきょろと辺りを見回しても、他に誰もいない。

「おや、お嬢さん。これを使うといい」

 いつの間にか茉莉の手には見覚えのないピンクのハンカチが握られていて、足元で白猫がこっちを見ていた。

「ねこ...」

 いつの間にか泣いてしまっていたらしい。目元に手をやると、たしかにすこし濡れていた。
ハンカチを使わせてもらって、すこし涙を拭きとる。

「今日は新月のようだね。月は見えないけれど、消えてしまったわけじゃない。隠れているだけだよ」

「うん...ありがとね、ねこちゃん」



 気がつくと白猫はいなくなっていた。

「何だったんだ...」

 確かに猫がしゃべっていた。それに、慰めてくれたような気がする。

「...帰ろう」

 なにか不思議な体験だった。よくわからなかったけど、少しの間だけ、嫌なことを忘れられた気がする。
 茉莉はとぼとぼ歩いて帰ることにする。手には涙が滲んだハンカチが握られていた。