虎塚

Open App

 茉莉はまだ帰る気にはなれなかった。
 家に帰ったらいつものようにSNSを眺めているだけで眠ってしまうのだろう。それでは満足できないまま今日が終わってしまうような気がした。
 茉莉はブランコに揺られながら、今日のことを反芻し続けている。
 最終面接があった。第一志望で、二年前から受けようと決めていたところだ。なので、準備は怠らなかったつもりだ。だが今日、「志望動機は?」と聞かれて、何も言えなかった。もちろん、「弊社の...」から始まるつらつらとした答えは用意してたし、それを言えば受かっていたかもしれないが、何も言えなかったのだ。

「あー」

 冷たい夜風が肌を刺している。茉莉はヘアゴムを人差し指でくるくる回しながら、ぽつんと浮かぶ星を眺めていた。
 突然、がさっと足音がして、茉莉はそちらに目を向ける。辺りは暗く、見えづらいはずだったが、その毛並みの整った真っ白な猫は、夜中でも目を引いた。
 すると突然、誰かの低い声がした。

「おっと...これは失礼。」

「え?」

 きょろきょろと辺りを見回しても、他に誰もいない。

「おや、お嬢さん。これを使うといい」

 いつの間にか茉莉の手には見覚えのないピンクのハンカチが握られていて、足元で白猫がこっちを見ていた。

「ねこ...」

 いつの間にか泣いてしまっていたらしい。目元に手をやると、たしかにすこし濡れていた。
ハンカチを使わせてもらって、すこし涙を拭きとる。

「今日は新月のようだね。月は見えないけれど、消えてしまったわけじゃない。隠れているだけだよ」

「うん...ありがとね、ねこちゃん」



 気がつくと白猫はいなくなっていた。

「何だったんだ...」

 確かに猫がしゃべっていた。それに、慰めてくれたような気がする。

「...帰ろう」

 なにか不思議な体験だった。よくわからなかったけど、少しの間だけ、嫌なことを忘れられた気がする。
 茉莉はとぼとぼ歩いて帰ることにする。手には涙が滲んだハンカチが握られていた。

3/7/2026, 2:55:47 PM