シシー

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8/22/2025, 10:21:41 PM

 何かの特別になりたい

 この計画だってきっとまた失敗する。でも数十分もあれば確実な効果を得られるが失敗したら身体機能が失われる、お手軽でハイリスクな方法だ。
歪な輪っかを作ってみて、どうにも勇気が出なくてプラプラと揺らしてその様子をみる。これをどこかに吊るして、もういないあなたを思い出せばちゃんとできるのだろうか。

 時間薬だと言う、そんな戯言を大声で叫んでおいて悲しみもしない他人とは違う。寄り添うフリをして傷口を広げる人たちにかける言葉も善意もないのだ。痛くて苦しくてどうしようもない私は他人なのだから、そう他人なのだから、近づかないで。

 結局、渡してくれなかった小さな箱を受け取った。
あのときから私は壊れてしまった。ラッピングは綺麗なままで、有名なブランドのロゴがあって、色んな記憶が浮かんでは消えてを繰り返す。見たら分かるのにそれらしく嘘をついて、何か演出を考えていたのも知ってるのに、分かりやすいから知らないフリしたのに。なんで。

 上品な色の箱にスパンコールが散りばめられて星空みたいなんだ。白いリボンは、なんだっけ、星雲だったかなあれみたいで綺麗だよ。別に星空に思い出なんてないけど、帰るときはいつも暗い時間だったから一緒にみる機会は多かったね。そういう何気ない日常を意識したのかな、私よりロマンチストだからあり得そう。女々しいやつめ。

「…私より先に行かないでよ」

 


              【題:Midnight Blue】

8/13/2025, 2:54:43 PM

 きみはいつも、どこか遠くにいる

 子どもの頃にした約束はもう色褪せていて、何の拘束力もないのだろう。現にきみは忘れてしまっていて、覚えているのは僕だけだ。イミテーションの宝石をくっつけただけの玩具ですらその片割れをとうに失っている。

 偶然の再会とは、別に運命的なものではなかった。傷だらけで帰ってきたきみを守る口実ができただけ、きみにとって僕は恐怖の対象の1つでしかない。でも昔から変わらない弱い面影をみつけては少しずつ言葉を交わせるようになる日々は幸せだったんだ。

 触れ合うことなんてまだできる段階でもない。それでも側にいられるなら、と差し出したものは実にあっさりと受け入れられた。愛の言葉も誓いもきみにとっては呪いだということを知っていたから、公的に認められた書類の束にたくさん署名をすることで安心してもらえるならいくらでもしよう。ちゃんと、きみのヒーローになりたいから。

 掬っても、掬っても、零れ落ちてしまう。
 水のように、砂のように、何も残してくれやしない。
 お揃いの証だけが左手薬指に光る。

 悪者を倒す僕をみないでほしい。
きみは綺麗なまま、今度こそ光の中で笑うのだ。そのためならなんだってやる。これが愛なのだと伝わるように。
痛いのも苦しいのも、それらは愛じゃない。欲を満たすための道具であると気づいて逃げて助けを求めればいい。



『きみは、きみを愛する人に気づけるように頑張ってね』




            【題:言葉にならないもの】

8/8/2025, 2:32:58 PM

 私が死んだら喜んでくれますか

 聞くまでもなかったね

 じゃあ永遠にさようなら

 二度と出会いませんように





 …夢じゃないよ、あなたたちが私を殺したの




              【題:夢じゃない】

7/30/2025, 1:52:58 PM

 空に落ちるかと思った

 藤の花の一族、そう言われても全く理解出来ない。いや、現状こそ事実であってどれだけ目を逸らそうとも直視せざるを得ない現実だ。
つまり、私はその一族の血を受け継いでいて、本来直系にしか現れない弊害を隔世遺伝か何かで発現してしまったらしい。直系とその血を濃く受け継いだ分家筋の人たちが心配そうに私をみている。全員私と同じ弊害をもっていて、この施設のこの一角から出られない人たちだ。

 ここにきて1週間、相変わらず藤の花が地面から生えた不思議な空間で寝起きしている。正しくは限りなく平らにした藤棚に足をつけて生活している。要するに重力の反転、本来は天井である部分が私たちの地面であり、床であるはずの部分が天井である。それ以外は一族以外の人間と同じ生活ができる。
毎日様子を見にくる施設のスタッフや研究者とお互いを見上げながら会話する。背が高い人同士だとたまに頭をぶつけあう事故が起きるがそれ以外は本当に平和で退屈だ。

 ある時、枯れた藤とまだどうにか花をつけている藤が生えている広くて寂しい一室を見つけた。入るのは簡単だったのに出るには生体認証が必要だという。スタッフに、長居はしないように、と忠告を受けて中に入る。
天井部分に星空の映像が流され、足元には枯れたり萎れたりした藤が咲いている。少し先に大きな窪みがあって、たぶん外に繋がっているのではないだろうかというくらい深さがある。その窪みの淵に3段ほど高く積み上げられた高台のようなものがあって、それぞれの段で一族の人が踊りながらぐるぐると回っている。マイムマイムみたいに、手は繋いでいないけど、真ん中を向いて一つの動作を終えたら一歩横へ移動するのを繰り返している。
 入るときに渡されたインカムから、はやく戻ってきて、と焦ったスタッフの声が聞こえた。急いで出入り口に戻って、ふと後ろを振り返る。高台の1番上に1人だけポツンと立っていて、窪みに向かって何か祈りを捧げるような格好をしている。不意に顔を上げたかと思うと窪みに背を向け、恭しく一礼した後に、背中から窪みに向かって落ちていった。あの高台から落ちるだけでも怪我をしそうなのに、窪み向かってだなんてまるで、自ら死を選ぶような。
 グイッと強く腕を引かれて部屋から引っ張り出される。閉まったドアの向こうはもう見えないのに、ついさっきみた光景が目に焼きついて離れない。呆然と立ち尽くす私をスタッフが頭を撫でて慰めてくれる。あれは何なのか、小さく呟いたことにスタッフは律儀に答えてくれる。躊躇いがちに、あれが一族の死で葬儀です、と。周りで踊っていた人たちから次が選ばれます、と。ただ見ている分には影響はないが葬儀を見物するのはあまりいい気がしないだろうと、まだここに来たばかりの私に配慮してくれたらしい。優しい人だ、ここのスタッフはみんな優しい。

 私室に戻るとき、ずっとドキドキしていた。
誰も悲しまず、その死を受け入れ、別れを惜しみ惜しまれながら、最期まで感謝を忘れない。とても素敵だと思った。私もいつか、ああなるのだとしても、それはとても幸せなことなのかもしれない。

『死なないで』

 そんな無責任な言葉で縛りつけられることのない世界は私にはとても眩しく幸福なもの。この心臓が止まるその瞬間まで、誇り高く務めを果たしましょう。
 きっとこの一族はみんなそれを知っている。






                【題:熱い鼓動】

7/29/2025, 11:13:58 AM

 ―いつまでも変わらず、永遠に

 それがどれほど苦しいものか理解していなかった。ただ失いたくない一心で交わした約束を私だけは忘れない。
一途な想いも、熱心な信仰も、従順な心身も、何もかも報われない。あなたを失ってしまったら、もう、何の意味もなさない。

 言葉遊びを知った。たまたま見かけた短歌か、キャッチコピーか。それが私が一方的に守ってきた約束と重なって居心地の悪い現実を目に焼き付けられたような気になった。

 いつまでも、の『も』を消してみて

―いつまで変わらず、永遠に

 呪いの言葉の出来上がり。
 逃がれられない呪縛を私だけが背負う。
 その時をずっと待っていたんだね。



 永遠なんてなくなってしまえ


               【題:タイミング】

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