空に落ちるかと思った
藤の花の一族、そう言われても全く理解出来ない。いや、現状こそ事実であってどれだけ目を逸らそうとも直視せざるを得ない現実だ。
つまり、私はその一族の血を受け継いでいて、本来直系にしか現れない弊害を隔世遺伝か何かで発現してしまったらしい。直系とその血を濃く受け継いだ分家筋の人たちが心配そうに私をみている。全員私と同じ弊害をもっていて、この施設のこの一角から出られない人たちだ。
ここにきて1週間、相変わらず藤の花が地面から生えた不思議な空間で寝起きしている。正しくは限りなく平らにした藤棚に足をつけて生活している。要するに重力の反転、本来は天井である部分が私たちの地面であり、床であるはずの部分が天井である。それ以外は一族以外の人間と同じ生活ができる。
毎日様子を見にくる施設のスタッフや研究者とお互いを見上げながら会話する。背が高い人同士だとたまに頭をぶつけあう事故が起きるがそれ以外は本当に平和で退屈だ。
ある時、枯れた藤とまだどうにか花をつけている藤が生えている広くて寂しい一室を見つけた。入るのは簡単だったのに出るには生体認証が必要だという。スタッフに、長居はしないように、と忠告を受けて中に入る。
天井部分に星空の映像が流され、足元には枯れたり萎れたりした藤が咲いている。少し先に大きな窪みがあって、たぶん外に繋がっているのではないだろうかというくらい深さがある。その窪みの淵に3段ほど高く積み上げられた高台のようなものがあって、それぞれの段で一族の人が踊りながらぐるぐると回っている。マイムマイムみたいに、手は繋いでいないけど、真ん中を向いて一つの動作を終えたら一歩横へ移動するのを繰り返している。
入るときに渡されたインカムから、はやく戻ってきて、と焦ったスタッフの声が聞こえた。急いで出入り口に戻って、ふと後ろを振り返る。高台の1番上に1人だけポツンと立っていて、窪みに向かって何か祈りを捧げるような格好をしている。不意に顔を上げたかと思うと窪みに背を向け、恭しく一礼した後に、背中から窪みに向かって落ちていった。あの高台から落ちるだけでも怪我をしそうなのに、窪み向かってだなんてまるで、自ら死を選ぶような。
グイッと強く腕を引かれて部屋から引っ張り出される。閉まったドアの向こうはもう見えないのに、ついさっきみた光景が目に焼きついて離れない。呆然と立ち尽くす私をスタッフが頭を撫でて慰めてくれる。あれは何なのか、小さく呟いたことにスタッフは律儀に答えてくれる。躊躇いがちに、あれが一族の死で葬儀です、と。周りで踊っていた人たちから次が選ばれます、と。ただ見ている分には影響はないが葬儀を見物するのはあまりいい気がしないだろうと、まだここに来たばかりの私に配慮してくれたらしい。優しい人だ、ここのスタッフはみんな優しい。
私室に戻るとき、ずっとドキドキしていた。
誰も悲しまず、その死を受け入れ、別れを惜しみ惜しまれながら、最期まで感謝を忘れない。とても素敵だと思った。私もいつか、ああなるのだとしても、それはとても幸せなことなのかもしれない。
『死なないで』
そんな無責任な言葉で縛りつけられることのない世界は私にはとても眩しく幸福なもの。この心臓が止まるその瞬間まで、誇り高く務めを果たしましょう。
きっとこの一族はみんなそれを知っている。
【題:熱い鼓動】
―いつまでも変わらず、永遠に
それがどれほど苦しいものか理解していなかった。ただ失いたくない一心で交わした約束を私だけは忘れない。
一途な想いも、熱心な信仰も、従順な心身も、何もかも報われない。あなたを失ってしまったら、もう、何の意味もなさない。
言葉遊びを知った。たまたま見かけた短歌か、キャッチコピーか。それが私が一方的に守ってきた約束と重なって居心地の悪い現実を目に焼き付けられたような気になった。
いつまでも、の『も』を消してみて
―いつまで変わらず、永遠に
呪いの言葉の出来上がり。
逃がれられない呪縛を私だけが背負う。
その時をずっと待っていたんだね。
永遠なんてなくなってしまえ
【題:タイミング】
たった一欠片の愛は、決して少なくはない
似合うね、と言うから私はその色が好きになった。あなたが纏う鮮烈な赤はいつだって私の真ん中にある。視線を逸らしても、顔を背けても、視界の端にずっと残ったまま離れない。端にあると思っていても気づけば真ん中にあってこれはもう重症だと認めざるを得なかった。
似合わない色だった。でも私の中に流れるものと同じ色だと気がついたのは本当に偶然だった。とてつもない奇跡が起きたような心地がして嬉しくて嬉しくてそればかり考えていた。遠く離れて会えなくなったとしてもこの身体がある限り思い出せる。
心臓を貫いたのは、あなたでも私でもない。
事故といえば事故、必然といえば必然の出来事だった。ボタボタと重たい音を立てて床に落ちる赤を、必死に留めようと大きな手が塞ぐ。痛みでまともに喋れもしない私に、仄暗く周りの光を一点に集めたように輝く目が許しを乞うてくる。でも必要なのは私の言葉でも許しでもない。自己満足でしかないと、私の意に反すると、全部分かった上で無視をすると宣言した。
「…恨んでくれて、いいよ」
あなたは酷い。そしてずるい。
私が置いていくのは許さないのに、私を置いていくのは躊躇わない。ドクン、ドクン、と脈打つ音がやけに大きく、そしてゆっくりと間隔を広げて。最後にその音を聴いたのはどれくらい前だっただろう。
目を覚ますとあなたはいない。激しい痛みを残して、この命を縛りつけて、どこかにいってしまった。穴が空いていた場所にポツリと花が咲いている。赤く小さく鮮烈に。
最初で最後の愛だと、誰かがそう表現した。その言葉に救われはしないが一筋の光のように感じた。神々しく光り輝くものではなく、あなたと私を繋ぐ管が細く長く続いて血潮が行き来を繰り返す。そんな生々しいものが愛なのだ。
いつか、きっと、この心臓が止まるそのときにあなたの元へ行けるのでしょうか。そうであったらいいと願わずにはいられない。こんな世界を1人彷徨わせるのならオアシスの1つくらい用意してくれてもいいでしょう。夢と、希望と、あなたへの想い。私の旅はそれだけのために続いている。
【題:オアシス】
あのとき、その手を離さないでと懇願したい
あの日も暑かった、と思う。季節なんてどうでもよかったし、暑かろうが寒かろうが結末に支障はない。地に着けた足から力が抜けて這いつくばるときに熱いか冷たいかの差だ。
ジッとレンズの奥の目をみて逸らさない。今も昔もその辺の覚悟は変わらないから笑える。痛いのは初めだけ、段々と苦しさに変わって、ジワジワと滲むような痺れが苦しみすら消していく。ドキドキした。歓喜と安堵できっと笑っていたと自分では思っている。
唐突に手が離されて、呼吸をする苦しさと激しく巡る血流が気持ち悪い。
「反抗しろよ」
そう言って去っていく背中を見送ることしかできなかった。力のない私と人を殺す覚悟のない小心者。
もし、その場に居合わせることができるなら、
幼い私の首をもう一度両手で包んで、困惑した表情をしながらも無抵抗に死を受け入れる私に、おめでとう、と言ってあげる。羨ましく妬ましい最高のプレゼントを私の手で私に贈る。このときにはもう狂ってしまって戻れない私に未来で浴びる暴言暴力から身を守る首輪をあげる。
いつも、いつだって、その身にふさわしいものを思い出してね。このまま死んでくれれば私も死ねるから。
ねえ、偽善は楽しかった?
手をかけてもらえることがそんなに嬉しい?
与えられるものを素直に受け取れて偉いね
生まれなければこんな思いをしなくてよかったのにね
アンハッピーバースデー、私
【題:もしも過去へと行けるなら】
私のこの声が聴こえないというのなら、何度だって声が枯れるまで繰り返し伝えましょう。
聴こえてはいるのに無視するのなら、もう二度と語りかけることはないでしょう。その覚悟をもって言葉と会話の重みを噛み締めてください。
優しさも、愛も、永遠ではないと学んでください。
一度壊れたものは元には戻らない。
覆水盆に返らず、のような言葉が生まれるほど先人がその経験と後悔と色々な思いを込めて今世まで語り継がれているのです。
まだ分かりませんか。
ならばもう私からあなたに伝えられることはありません。
またいつかどこかで出会ったときは、そのときはもう私たちは何の関係もない他人です。むしろ道でたまたますれ違った犯罪者のようだと私は認識することでしょう。
それほどのことをしたと、深く心に刻んでください。
あなたに傷つく権利はありません。
私を傷つけた罪をいつまでも背負って生きて、死んでください。
【題:またいつか】