私はとんでもない嘘つきだ。
「こんなに寒いのに手が温かくていいな」
?
「そんなに汗かいて暑がりなんだね」
うん?
「泣いてるの?あの人怖かったもんね」
そうだね
何も特別なことなんてない。誰か他の人からみたら私はそういうふうに映っているだけのこと。
だから嘘なんてついてない。でも否定も訂正もしない。
私にとって都合のいいこと悪いこと、その両方が私という人間を作り上げて誰かの世界で生きている。忘れられたらどこかの名言にあったように私が死ぬだけだ。
人間は二度死ぬという、あれだよ。肉体と、他の人の中にある記憶の2つの存在。それらが消えて初めて私は死んだことになる。
私はね、とても寒がりなんだ。
だから手をより早く温める方法を知っているだけ。
私はね、いつも誰にでも緊張してどこで何をしていても 不安なんだ。
だから暑くても寒くてもずっと冷や汗をかいているだけ。
私はね、言葉の代わりに涙が出てくるんだ。
だから何か言いたいことがあっても泣くことでしか答えられないだけ。
そうやって積み重なってできた私は私ではなくなって、誰かの中で知らない私が生きている。何も話せない話せるわけがない、真実のすべてを私自身でもわかっていない。
とっくの昔に忘れてしまったんだ。誰にもみえない場所で否定し尽くされたから、ぜんぶ忘れてしまいたくて消してしまった。
1つだけ残っているの、この肉体だけが残っている。
目の前のあなただってここを出れば忘れてしまう。そうして残るのはやっぱりこの肉体だけだ。
嘘ばかりでごめんね、もう消えたいの。
【題:1つだけ】
「大嫌いだから、失せて☆」
にっこり笑顔で歌い上げたアイドルにその場にいたファンは硬直した。可愛くて優しくてふわふわの天使が笑いながら毒を吐いたのだ。今まで一度もそんな暗い一面をみせたことないのにどうして、と。
「もう気づいてる人もいると思うけど〜、今日はエイプリルフールだからね☆」
季節のイベントにあわせたその日1日だけの特別な替歌だとネタばらしがされる。安堵する者もいれば、疑心暗鬼になっている者もいてとてもライブを楽しめる空気ではない。
なんの違和感もなくさらりと告げられた酷い嘘。普段とのギャップの差が激しいのもあるが、あまりにも自然すぎて最後のコールでつい「俺も〜☆」とか言ってしまったファンが多かったのがトドメを刺した。
ライブから帰ってきた兄が延々とそのアイドルのブロマイドに謝罪し続けている。どうやら最後のコールを全力でしてしまったファンの一人だったらしい。
「うるさくするなら、失せろ☆」
晴れやかな高校デビュー初日にメソメソと鬱陶しい。
アイドルの嘘で嘆くより先に弟の晴れの日を祝えよ。ライブに行くお金で焼き肉でも連れてってくれたらよかったのに。空気の読めないポンコツだから自業自得だ、バカ兄貴。
【題:エイプリルフール】
「堂々と母親だと名乗れないなら生まないでよ」
ぽかん、とした顔で僕を見つめる顔が滑稽だ。あれだけうるさく「私の子だ」「私は育ててない」だの喚いてたくせに今更なんなんだ。
僕がそんなことを言うとは思っていなかった、まさに青天の霹靂だったみたいな反応。初めて親に殴られた子どものように、信じていたものが突然知らない何かに変わって裏切られたみたいに。ひたすらにぽかんとしている。
少々特殊な家庭環境だったとはいえ、別に複雑なことなど一つもない。偏愛が当たり前の家庭で育った親がそのまま自分の子どもたちにも同じことをしただけのこと。
弟妹は可愛がることには全力で、上の子には理想と夢を詰め込んで、それぞれを着せ替え人形かのように動かすことを教育だと言い張る。そしてそれを主導している者こそが『親』であり、たまにしかその役割を任せてもらえなかった目の前の母親は『親』にはなれなかったと思い込んでいる。
まあ、この例えも僕からみたらそう感じたというだけで間違っているのかもしれない。だとしても僕にとっての祖父母がお人形遊びをしているようにしか思えないのだから仕方のないことだ。
最近はのらりくらりと躱すだけ。祖父母のことも両親のこともまともに相手していたら、いつの間にか自分が壊れてしまったから。何気ない日常の中で押しつけられる役割をぐしゃぐしゃに踏みつけて壊した。
シナリオ通りの『理想的な子ども』という人形であることをやめた。そうしたらこのざまだ。
「前に言ってたよね、デキ婚だったって」
「あんな人だと知ってたら結婚しなかったって」
「それってさ、僕を生まなければよかったってこと?」
―――母親ってなんなんだろうね
青ざめた顔でブルブルと震えるだけのお人形。理想と夢を詰め込まれて生きてきたはずなのに、いつからかシナリオから外れて狂ってしまったお人形。
僕は今もこれからもずっと壊れて壊していく。何事もなかったかのようにずっと、ずっと。ずっとね。
【題:何気ないふり】
「努力は必ず報われるのです!」
壇上に立って熱弁するお偉いさんと、熱狂的な支持者たちの声援で暑苦しいったらない。きれいな言葉を並べて人々を惹きつけ、反対意見の人の言葉にも真摯に対応し、敵も味方もすべて自らの懐にに収めていく。カリスマ性といえば聞こえはいいが、かの有名な独裁者を思い出させる異様な人心掌握術をもって従えている光景は恐ろしいことこの上ない。
私はそんな父親の姿しか知らない
テレビ画面の向こう側で、マスコミに囲まれる中俯きながら車に乗り込む様子をみていた。あの頃と違って目も、表情も、立ち姿すら、敗者そのものを体現したような暗さがある。
車に乗り込む直前に俯いたまま「申し訳ありませんでした」とお辞儀をしていた。覇気のないボソボソとした独り言のような言葉でもって父親の人生は終わりを迎えた。
私はそんな父親の姿が恥ずかしかった
後から聞いた話では急にブレーキが効かなくなり、坂道だったのも相まって勢いよく壁に衝突したらしい。運転手含め、同乗者は全員即死だったそうだ。もちろん父親も例外ではない。
棺の窓を開けられないくらい原形を留めていなかった父親は、親族間のみのひっそりとした式で見送られた。パフォーマンスする人がいなかったからとても静かで、一般的な式とはこういうものなのだろうなと思った。
だって参列した親族は私だけだったから。私しかいなかったから。数人の大人が準備から後片付けまでして、促されるままその場で台本通りに動いただけだ。
父親はそんな私の姿をみてどう思ったのだろうか
遺影の中の笑顔と、画面越しにみた顔。どちらがあなたの本当の姿ですか。今はもう顔どころか粉々になった白い小さな塊しかみえないのです。話すことも聞くこともできないのはわかっています。
でも知りたいのです。私は今、どんな顔をしているのでしょうか。どんな顔をしていれば正解なのですか。
「…教えてください」
【題:My Heart】
思いついたらすぐに行動に移す自由奔放な少女と、決められたことを遵守し道を外れることなく生きる少年がいた。
二人の相性は最悪で顔を合わせるたびにいがみ合い喧嘩していた。ただ喧嘩とはいってもお互いの悪いところを指摘し合うだけの戯れに過ぎなかった。
だが、周りは違った。
二人が喧嘩をするたびにどちらかに便乗してもう片方を酷く罵った。ありもしないことや嘘、罵声や否定を繰り返した。周りの苛烈さに本人が止めに入っても事態は悪化するだけで、終いには二人の存在自体を否定した。
周りから孤立してしまった二人は、自然と手を取り合いその場を去っていった。もともと意見や価値観が合わなかっただけでお互いを嫌ってはいなかったのだ。そう、嫌いではなかった。
―少女は少年の常に正しくあろうとする芯の強さに憧れていた
―少年は少女の即決し即行動する姿に憧れていた
お互いになんとなく察していた。相手が自分に憧れていること、自分が相手の憧れになっていること。二人は知っていたのだ。
譲れないものがあるからこそ喧嘩になってしまっていただけで、相手を否定することも罵ることもありえないことなのだ。二人にしかわからない、歪なコミュニケーションをとっていたのだ。
「あの人たちは正しくないね」
「はやくあの人たちから離れるべきだったな」
クスクスと笑いながら二人は歩く。
身勝手極まりない周りの声が聞こえなくなるまでずっと、ずっと。
【題:ないものねだり】