太陽の方を向いて咲きほこる大輪のひまわりを3本。
シンプルにリボンで纏めただけの花束だ。飾り気は全くないが、光を浴びて輝く存在感はさすがだと思った。
思わずカメラを構えてしまったのは、ひまわりの存在感だけが理由ではない。花束と同様、シンプルな白いワンピースをきてアクセサリーやメイクで飾らない少女が花束を抱えて立っていたからだ。
たったそれだけ、それだけだ。
飾りたてたモデルなら会場内にたくさんいたのに撮りたいと思ったのはその少女だけだった。目線はカメラに向くことはなく、画角の外、画面の左端をみつめて静かに立っている。
そのときの写真は入賞して大手企業のポスターに起用されることになった。
多少加工は施されたようだがほとんど撮ったときのままポスターにされていた。そこでようやく気づいたのだが、光源や花束の向きは右側に集中しているのに対して少女は何もない左側を振り返っていた。
視線の先には深い藍色の影があって、画像なのにゆらりゆらりと揺れているようにみえる。水面の影がゆっくりと波打ち、少しずつ満ちていくような感覚に陥る。
そういえば、あのモデルはどこの誰だったのだろうか。
ポスターのサンプルを眺めて考える。会場やモデルは企業側が手配していたはずなのにこのポスターのモデルのことは誰にきいても知らないといわれる。
もしかして幽霊かなにかだったのだろうか。
不思議な君は、今、生きているの?
【題:君は今】
眩しすぎて目が痛いから近寄らないで
ド正論もポジティブも私には重すぎるからやめて
そりゃ、やってればいつかはできるようになるかもしれないよ
でもそれがいつなのか私にもあなたにも分からないでしょ
はいはい、ポジティブ発言ありがとうございます
どれだけ笑顔で言われてもきついのは変わらないの
願うだけで、言葉にするだけで、解決するなら誰も悩まないでしょ
行動できないことを指摘されてもさ、ちゃんと理由があるのにそんな顔して謝らないでよ
悪いことしたかな
何もしてないことが悪いことか
ごめんね、あなたみたいになれなくてごめんね
【題:太陽のような】
「えー、わかんない」
くすくす、と意地の悪い嘲笑が続く。
もうずっと昔から、ずっとこれだ。どれだけ言葉をつくしても行動してみせても何の効果もない。
その自慢の細い脚で踏みつけたもの、腕を大きく振りかぶって投げ捨てたこと、鮮やかに彩った唇から零す言葉の汚いこと。
私はわかってるよ。
足元に散らばるそれらを彼女らは気にしない。そう、気にしないだけで知っている。悪いことも良いことも区別がついているのに、わからないというのだ。
「常識外れなのはどっちだよ」
だから今日も拾う。
世間から知らないフリをされたあの子の欠片を拾って集める。私は彼女らから身を守ることができるけど、あの子はできないから。かつての私のように苦しんでいるから。
きっとこんなこと誰も望んでない。
それでも心の何処かでひっそりと生きていてくれればいいな、と。自己満足を押しつけに行くのだ。
これは同情なんかじゃないよ、私の経験から得たものなの。だからさ、ありがとうもごめんもいらない。代わりに生きてあいつらにわからせてやろうよ。
きっとこの分厚い本とかに載ってるよ。スマホだってあるし、知識もってるだけの偉そうなやつもいる。
「ね、大丈夫」
これは私たちを守るもの。そうでしょ。
【題:同情】
今日はたくさん雨が降ったね。
まだ降っているけど、風が出てきたから明日には雨雲ごとどこかへいってしまうかもしれない。
私は面倒くさがりだから花壇の水やりをよく忘れてしまうの。だから洗濯物が乾かなくても靴が濡れても、雨のことはすごく好きなんだ。
あと髪のセットを失敗したときや乾燥しすぎて喉や目が痛かったときなんかも、まとめて誤魔化してくれるから好き。
ねえ、あなたは今どこで何をしているの。
筆無精で手紙どころかメールも電話もくれない。なのに毎月どこかで必ず植物の種と品種や育て方の説明文だけは送ってくるね。
あのね。たまに季節や気候があわなくて芽がでないことがあるの。スペースも足りなくて植えられずに待機してるのもある。花が咲いたり実がなったり、強すぎて庭中を埋めつくすものもあったり忙しいよ。
全部カメラで撮って残してある。アルバムにしててもうすぐ6冊目になりそうだよ。大きいファミリー用みたいなアルバムが5冊分はあるんだよ、大変でしょ。
送りつけてやりたいのに宛先がわからないから送れない。このもどかしい気持ちがあなたにはわからないのでしょうね。
もうすぐ日付が変わるよ。約束の日がくるよ。
ほら、あと少し。今日が終わってしまう。雨はまだ降ってる。
ちゃんと傘をさしてきてね。今日が終わってもまだ降ってるから。
【題:今日にさよなら】
「わかってるよっ」
思わず大きな声が出てしまって、慌てた。
ただでさえ静かな場所が一層静まりかえって、いくつもの視線がグサグサと身体中を刺す。いくら通話可とされていてもさすがに非常識すぎる。そういう人を責める視線だ。
未だに通話中の文字が浮かぶ画面を素早く切ってその場から逃げた。なのにいくら進んでも自分が監視されているようなまじまじと眺められているような気がしてたまらない。寒くもないのに震えて鳥肌が立つ。
ようやく自分の車に辿りつき、乗り込む。もちろん後部座席に。お気に入りのストールを頭から被って。無音で人の気配のない空間を確保して。
今度こそようやく、ようやく息を吸える。
堰を切ったように溢れ出した涙は止まらない。でもそれでいい、それであっている。
秘密であったはずなのだ
誰にも知られないはずだった
そういう法や施設ごとのルールだったはずなんだ
それを、それを
「みんな、うそつき、じゃん」
教科書に明記されていても、授業で専門の講師が説明していても、施設に属する上で遵守すべきルールであっても。結局、決まり事は破られるためにあったのだ。
その証拠が今日のこの電話だ。親からの、執拗で粘着質で侮蔑と軽蔑の混ざりあった言葉たち。
病院しか知り得ない情報をばら撒いてそこにガラス片を練り込んで、僕の傷口に塗り込む。どんなに痛くてもつらくても笑っていなければいけない。黙っていなければいけない。余計なことをしないように言わないように、つけ込む隙を消すために。
逃げ出せたと思ったのにだめだった。
わかっていたよ、はじめからわかりきっていた。だってあの人たちがそういう人だってことは誰よりも僕が知っているのだから。
だからといって、人の秘密を簡単に喋るなんて
「ひどいなあ」
【題:誰よりも】