きっと知らないふりをするでしょう。
否定も肯定もしなかった。だってそんなこと考えたこともなかったから。離れるなんて、と笑いとばせたならよかったのにそうはさせてくれなかった。
どうして、なんで、私のこと嫌いだったの。そうやって叫んで泣いて縋ればよかったのだろうか。それとも私も同じ考えだったと笑い返せばよかったのだろうか。
「ねえ、答えてよ。私の真似しないでよ」
眠るように横たわるあなたが憎い。
思わせぶりな態度で、期待させるような言葉で持ち上げておいて突き落とすなんてあまりにも酷すぎる。
「私だって、私だって知らないふりしますからね」
この世界で、例え来世であっても私はあなたを必ず見つけだすの。そうしてあなたなんて知らないふりをする。
タラレバ話なんて嫌いだけれど、もし巡り会えたのならば必ずそうするから大人しく待っていてちょうだいね。
【題:巡り会えたら】
大声で怒鳴られたあとの重苦しい沈黙とヒリつく空気が部屋中に広がっている。確かに静寂ではあるけれどこんなにも緊張感のあるものに包まれたくなどない。
誰か思い切り手を引っ張って外へ連れ出してくれたらいいのに。
理想ばかり浮かんでは消えて、気が狂いそうだよ。
【題:静寂に包まれた部屋】
変わったことなんてなにもない。でも強いていうなら、少しだけ欲ばりになった。本当に少しだけ、頭にフッと浮かんで次の瞬間には消えてしまう程度のもの。
生まれもった飽き性と気まぐれな性格の延長線のようなものなんだ。
「お願いしてもいいかな」
ハの字に眉を下げて困ったような表情をしているのに、ぴったりと視線を合わせて逃さないと目で訴える女。
周りからは友だちに頼み事をする女の子に見えているのだろう。ここで断ればどうなるかなんて考えるまでもない。
私が悪者で、この女は被害者になる。
「わかった」
ヘラリと笑い、持っていた傘を広げて女の方へ大きく傾けた。機嫌よく軽やかな足取りで歩く女の隣、私だけ右肩とそこにかけたカバンが濡れて、冷たく、重くなっていく。
一歩進む。女が喋る。雨水が腕を伝う。たったそれだけのことで内側からドロリとした黒いものが染み出してくる。
私は偽善を、この女は得をした。
「あ、雨やんだね」
パッと女は飛び出した。立ち止まった私に気づかず、軽やかに、身勝手に、飛び出した。
鈍い衝突音と甲高いブレーキ音が目の前を通り過ぎていく。一気にざわめきだした周囲に対して自分の感情が静かになっていった。
女の方へ駆け寄ってその顔を覗き込む。お前のせいだと言わんばかりに睨まれた。きっと無意識だったはずだ。
ぴったりと視線を合わせて困ったような表情のまま、女の名前を連呼し続けた。
あのとき、私は少しだけ欲ばりになった。
【題:通り雨】
「はっきり言いなさい」
ごめんなさい。その一言ですら小さな声でモゴモゴとしか発せない。相手がイライラしてるのが表情や仕草から読み取れてしまって顔すらまともにみれず、足先ばかり見つめてしまう。
また怒らせてしまった。このあとため息をついてどこかに行ってしまうのだろう。もしくは殴られるか、説教がはじまるのか。今回はどうなるのだろうか。
「私はね、あなたが大事だから言ってるのよ」
僕もあなたを大事にしたいと思ってる。でもあなたのようにはっきりと言葉にして伝えることができない。
同じ言葉なのに全く違うものに感じるんだ。あなたの言う大事にしたい僕と、僕が思う大事にしたいあなたが別のモノのようで何も言えない。
〝大事にしたい家族〟って何ですか?
【題:大事にしたい】
「おまえ、頭がお花畑だな」
呆れたような、嘲るような声が言った。実際その笑みは歪みきっていて嘲笑と言っても差し支えのないものだった。指をさしてゲラゲラと下品に嗤う声がだんだんと増えていって、気づけば周りの人が全員嗤っている。
私もね、知ってるよその言葉の意味を。バカだと言いたいのでしょ。
でも私よりもテストの点数が低くて順位も下な本物のバカに言われてもなにも響かないの。怪我した人を助けもせず無視したり嘲笑うだけで手当てもできないバカに言われても傷つくことはないの。
人助け、といえば聞こえはいいよね。非難されることなどなく、むしろ褒められ感謝されることなんだよ。
急がば回れっていうでしょ。
私は「善人」のフリをすることで満たされるの。満たされれば嫌なものが入り込む隙などどこにもない。そうやって自分を守っているだけ。誰のためでもない、自分のためにね。
そういうのってすごく疲れるの。だからお花畑ときいたときなんだか嬉しくなった。きれいな花で頭の中が埋め尽くされて、それこそ嫌なことなど覆い隠してしまうほどだったなら私は。
ああ、本当に疲れているんだ。身体のあちこちが痛いのも、嗤われるたびに傷ついていたはずの心が何も感じなくなったのも。ぜんぶ疲れているせいなんだ。
「…はやく、終わらないかな」
【題:花畑】