シシー

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 変わったことなんてなにもない。でも強いていうなら、少しだけ欲ばりになった。本当に少しだけ、頭にフッと浮かんで次の瞬間には消えてしまう程度のもの。
生まれもった飽き性と気まぐれな性格の延長線のようなものなんだ。

「お願いしてもいいかな」

 ハの字に眉を下げて困ったような表情をしているのに、ぴったりと視線を合わせて逃さないと目で訴える女。
周りからは友だちに頼み事をする女の子に見えているのだろう。ここで断ればどうなるかなんて考えるまでもない。
 私が悪者で、この女は被害者になる。

「わかった」

 ヘラリと笑い、持っていた傘を広げて女の方へ大きく傾けた。機嫌よく軽やかな足取りで歩く女の隣、私だけ右肩とそこにかけたカバンが濡れて、冷たく、重くなっていく。
一歩進む。女が喋る。雨水が腕を伝う。たったそれだけのことで内側からドロリとした黒いものが染み出してくる。
 私は偽善を、この女は得をした。

「あ、雨やんだね」

 パッと女は飛び出した。立ち止まった私に気づかず、軽やかに、身勝手に、飛び出した。
鈍い衝突音と甲高いブレーキ音が目の前を通り過ぎていく。一気にざわめきだした周囲に対して自分の感情が静かになっていった。
 女の方へ駆け寄ってその顔を覗き込む。お前のせいだと言わんばかりに睨まれた。きっと無意識だったはずだ。
ぴったりと視線を合わせて困ったような表情のまま、女の名前を連呼し続けた。

 あのとき、私は少しだけ欲ばりになった。


                【題:通り雨】

9/28/2023, 8:52:19 AM