切り刻む。
もう二度と読まれることも、見られることもないように。ハサミで細かく切り刻んでゴミとして捨てるの。
私が書いた文字も、描いた絵も、過去のすべてが無くなるまで繰り返す。何時間もそうやっていたせいでいつの間にかまめができて、それが潰れて、傷跡となって残った。
すべてを消すつもりが一生消えないものとしてつきまとうことになるなんて、滑稽すぎて笑えない。
この身体が燃え尽きるまで残るなんて、私自身がゴミだったのかもね。本当に笑えない。
【題:命が燃え尽きるまで】
―もう、誰もいないから。
そう言って、力なく笑ってゆっくりと落ちていく。
白くささくれ立つ指先が遠く離れていく。直前まで触れていた手は冷たくて、いつまでも握っていなければと変な使命感があったのに放してしまったんだ。
朝日が昇りはじめる前の靄がかった空は、深い藍色に薄い橙色が混ざりはじめていた。それを古びたビルの屋上からみていたんだ。お気に入りだったという曲を二人で歌いながら、暗く闇に沈んだ街のことなど忘れたフリをして、繰り返し歌った。
幸せとは言い難い状況で、いつも通りを演じること。
泣きも笑いもしない、淡々とした日常をなぞっていつかくる別れの日をただ待っていた。少しずつ青ざめていく顔色も、カサついてひび割れていく皮膚も。お互いがお互いの生気を失っていく様を静観していたのだ。
そうやって朝を迎えた。
ぼんやりとみえていた景色もだんだんと霞んでいって、もうほとんど視えていない。身体を動かそうにもまるでそこに手足など存在しないかのような感覚が残るだけ。
かろうじて聴こえた声が離れていくのが分かって、大きく目を開いて視界を広げ手を伸ばそうとした。
当然手は動かなかったけれど、最後に彼女の顔を一瞬だけはっきりと視ることができた。
先に逝ったのは僕で、彼女が最後だったんだ。
クシャリと歪めた表情から一転して穏やかに微笑んだから気が抜けてしまったのだろうな。一緒にという約束だったのに、久しぶりにみた笑顔にコロッと落ちてしまったのだ。惚れた弱みというやつなのだろうか、情けないな。
でも悪くない最期だった。約束守れなくてごめん。でも嬉しかったんだ。ありがとう。
【題:夜明け前】
「好き」
そんなの言葉だけならいくらでも言える。人に限らず物や動物にだって気に入ったものなら連呼してるじゃないか。本気かどうかよりも、どれが一番なのか優先順位の方が気になるでしょ。
恋愛もそうじゃないのかな。他のどんなものよりも優先順位が高いだけ。気持ちの強さというより、対象をどれだけ優先できるかで決めてるのでしょ。
これをいうと「拗らせてる」だの「恋したことないんだね」と呆れられるだけで伝わらない。
好きも優先順位を決めることも結局は本人の感情次第であることは変わらないのにな。そんなにおかしなことなの?
【題:本気の恋】
とうとう何も書きこまれなくなったカレンダーは真っ白だった。かわいらしいキャラクターと花の絵柄だけが枠の外を彩っているだけで、中身は空っぽだ。
もうみているのも嫌で絵柄を伏せて机の端に追いやった。それすら今の自分の姿に重なってみえて、情けなさやら不甲斐なさやらが沸々と湧いてきてしかたない。
「どうしてこうなったんだろ」
【題:カレンダー】
私は家族は何よりも大切な存在だと思っている。
何を言われても、何をされても。どんなに無茶な要求でも理不尽な言い分にも我儘にも、そのすべてが家族にとって必要なものだと信じて疑わなかった。
でも、私が成人して実家を少し離れて生活し始めたあと、久しぶりに帰省した。そこでみたのは「家族」の皮を被った得体のしれない何かだった。
そこではお互いを罵り合い、責任を押しつけ合っている。まるで化け物のように大きな足音を立てて廊下を歩き、聞き取れないほど早口で喚いていた。
私のために用意したという食事を前にしても化け物どもはとまらない。ギャンギャンと騒ぎ立て、何も言わない私をみてため息を零した。そして一言。
「稼ぎがあるのなら仕送りくらいしろ」
お気に入りの財布を取り上げられ中身をみて、渋い顔をしながら中身を抜き取っていく。あまりにも自然な流れで行われていく行為に何も言えなかった。
―これが、家族…?
プチッと何かが切れて、火花を散らしたように目の前で赤い光が弾ける。
食器ごと机から叩き落として食事を踏みつける。奪われていたカバンと財布を取り上げて、抜き取られた紙束を化け物の目の前で破り捨てた。
喚き散らす化け物をカバンで殴りつけ大人しくさせてから家を出ていった。いや、もう家ではない。化け物の巣窟だ。
私は家族を失った。化け物に食い尽くされてしまったのだ。この喪失感を埋めてくれるものなどない。
だってもう私の時間は食い潰されてしまったのだから。
―絶対に許さない
【題:喪失感】