いつも通り、にっこりと笑う。
ありがとう、と言えば蕩けてしまうのではないかと思うくらい嬉しそうに笑った。ピョンピョンと跳ね回ってはしゃぐ姪の姿がなんだか眩しくて目を細める。
純粋さと幸福をギュッと詰め込んだような幼子はその表情や行動一つで周りを惹きつけて離さない。笑顔を向けられればつい抱きしめてしまうし、がんばれと応援されれば何にも負ける気がしない。無敵パワーを分け与えてくれるかわいくて優しい世界一の姪っ子だ。
だから私の心の陰りなど見せてはいけない。
舌足らずな喋りでプレゼントしてくれた花束について説明する言葉に嘘はない。私が好きだといった色とものを覚えていてくれただけ。
それにわざわざこの花を選んだのも購入したのも妹夫婦なのだ。ご丁寧に花言葉まで教え込んでいるのだからもう笑うしかない。
―スノードロップ
ポジティブな意味なら贈り物として最適であるといえるが、どちらかというとネガティブな意味の方が有名な花。
それをわざわざ姪に手渡しさせるなんて相変わらずいい性格をしている。
数日前に私が余命宣告されたことを喜んでいるのだろう。私さえいなければもっと幸せだったのにと豪語していたからね、分かってるよ。
でもたった一人の妹だと思うと、些細なことでも意外と傷つくものなんだね。知りたくなかったな。
【題:些細なことでも】
火ってその時の心境や状況で印象変わる。
怒り狂ってる人をみたら禍々しい炎が背後で燃えさかっているように感じるし、今にも亡くなってしまいそうなほど弱っている人をみると溶けきった蝋の中で小さく揺れる火を思い浮かべてしまう。
本来なら明るく照らしてくれるはずのものが儚く感じたときのギャップこそ、なんだか魅力的にみえてしまってだめなんだ。どんなに小さく弱々しい火でも触れば焼かれてしまうのにね。
熱さも忘れて、痛みに臆することなく、その身を焦がし心まで火の中に投げ込んでしまった。
あなたの大切なものはなんですか?
塵一つ残さず焼けてしまったら意味がないのに本当に馬鹿だね。何か少しでもいいから残してくれたなら私だって燃え尽きることはなかったのに。
あんなに大切だなんだと説いておきながら結局は自分自身が一番なのでしょう。
そういうところこそ、もっと早くに焼き切れていたらよかったのに。そうしたら、もしかしたら、まだ一緒にいられたはずなのに。あなたは酷い人だ。
【題:心の灯火】
口下手というか、筆不精というか
どうにも会話することが苦手でLINEの通知がくる度にうんざりしてしまう
そうやっている内に時間だけがすぎていって、いつの間にか出来上がっているのが「開けないLINE」なんだ
未だに付き合ってくれる人たちには頭が上がらないよ
【題:開けないLINE】
ピンッと張った糸が切れたとき、それが終わり。
それまで当たり前のようにできていたことが何もできなくなった。はくはくと口が動くだけで声が出ない。そのうちヒュウと空気が抜ける音がして、視界が歪んで生温かいものが頬を滑り落ちた。
その場の空気が淀んでいくのがわかる。迷惑そうな表情が7つとも僕をみてから、すぐに議題に戻っていく。
発言するはずだった僕の言葉も、存在すらなかったかのようにカンファレンスは続いた。もう何も言えなかった。
そのあとは当然呼び出された。叱られるでもなく淡々と事情を尋ねる態度は、もう呆れてものも言えないといった感じだった。僕は声を発することもできずただ涙を流し続けることしかできなかった。
その日を境に、何もかもが崩れ落ちていった。
手に握らされた連絡先が書かれた紙を丁寧に折りたたんできれいな箱にしまった。小さな優しさが余計につらい。
あんなに病気とはどんなもので、それとの向き合い方や支え方を学んできたのに。僕は結局のまれてしまった。
他人のことだから客観的にみて的確に動く判断を下せるのだ。自分のことになった途端に感情に流されて自分も周りもみえなくなる。
「まともな子どもを一人くらい産んでから言えよ」
家族の形すら歪めてしまう自分の存在が許せない。
毎日毎日どうしたら自分を消せるのかだけを考え続ける。
薬?カウンセリング?そんなものでこの罪を消すことなどできるわけがない。
完璧でない僕は出来損ないだ。処分してくれ。
【題:不完全な僕】
若い頃は柑橘系のサッパリとした香りが好きだった。
サボンもよかったけど、独特の甘ったるい匂いが肌にまとわりつく感じがして好きにはなれなかった。
今はもう香水なんていらない。
だって部屋の中で咲く小さな花々の優しい香りと水をたっぷり含んだ葉や土のホッとする匂いに包まれているから。
自然の香水が今の私のお気に入りなの。誰にも真似できない私だけのものってなんだか素敵でしょう。
【題:香水】