「なんで私じゃなかったんだろう」
静かな部屋で寝転んで天井をみつめる。和室特有の葦草の香りとか土壁の匂いとか、窓の外から吹き込む湿っぽい風がぐちゃぐちゃとかき混ぜてどこかへいく。
こんな私の思考も感情もどこかへ運んでくれればいいのに風は無視してあっという間に去っていく。
いっそ、役立たずだと責めてくれたなら恨むこともできたのに。怒りで目の前が真っ赤になるくらい許せないのも悲しくて手を伸ばして縋りつきたくなるくらい情けなくなるのも、全部ぜんぶ受け止めて呪文のような謝罪を口にして捨てられるのだ。
はじめから私のものなんて何一つない。
この身体も心も言葉も感情もそれらすべて私のものだったことがない。お人形遊びをしているかのように、与えられた台本にそって動かされる。その間わずかに残っている意思が背筋がゾッとするようなことを考え続けた。
そうしているうちに私は私が大嫌いになっていった。
横たわる亡骸をみて悲しくて寂しくてしかたなかった。あんなにも強い人が亡くなってしまうなんて考えていなかった。冷たくなった手に触れる。なんの温度も感じないけど馴染みのある手だ。つい先日も触れたばかりなのになぜこんなにも遠く感じるのだろう。
泣くこともできず、言葉も出てこない。手を添えるだけでそれ以上のことは何もできない。私はなんて無力なのだろうか。
昔、お菓子を取り上げられて泣いたらまた叱られてそれ以上泣くことも言葉を重ねることもできず曾祖父母がよくいた部屋に入った。そこで曾祖母は静かに座っていて私をみてガラス戸の棚から茶葉を入れる缶を出した。内緒だよといって隠していたらしい角砂糖を1つずつ口に放りこんだ。
あまり口数の多い人ではなかったから、そういう小さな気遣いばかり覚えている。
大嫌いな私ではなく、優しい人が亡くなっていく度に口にする言葉。蝶よ花よと可愛がられて育った友だちには気味悪がられた言葉。病んでいるとまで言われて病院にまで連れていかれる羽目になった言葉。
私はどうすればよかったのだろう。
【題:蝶よ花よ】
下校するタイミングで雨が降ってきた。
強風で木々が激しく揺れて、地面には排水溝に収まりきらない雨水が広がっている。部活で外にいた生徒が慌てて校舎や部室棟に駆け込んでいる。
まあ夏ならではの夕立ち、ゲリラ豪雨ってやつだ。暗い色をした雲の反対側は青空が覗いているからそう長くは続かないだろう。
いきなりの気圧変化に頭が割れそうなくらい痛むけど、どうにも雨の日は嫌いになれない。なんだか自分の汚い部分も嫌なことも全部洗い流してくれるような気がしてさっぱりする。
「じゃ、帰るね。バイバイ」
「え!?こんな雨降ってるんだから止むまで待ってようよ」
「明日英語の小テストあるじゃん?風邪ひいて休めば受けなくてすむから今帰るの」
「何をバカなこといってんの。勉強しろよー」
「無理!英語だけは何しても覚えられん」
カバンに大きな袋を被せて自転車の前かごに突っ込む。引き止める友だちに手を振って駐輪場から飛び出した。
後ろから「おバカだなー」と笑い声が聞こえたけど無視した。私はあんたらと違って頭良くないの。
雨粒が叩きつけてきて痛い。目にも口にも入ってきて前も見にくいし、風のせいで進むのもつらい。
でもあんなに暑かったのが嘘みたいに消えていく。涼しいわけではないけど、暑いよりはマシだ。
家につく頃には全身びしょ濡れで、唯一出迎えてくれた愛犬がバスタオルを咥えてパタパタと尻尾を振った。
雨が降るたびにびしょ濡れで帰ってくる私と母のやり取りを覚えたのか何も言わなくてもタオルを持って玄関で待っていてくれるのだ。「ありがとう」といって身体を拭きながら靴に新聞紙を詰め込んで干す。その後風呂を洗って沸かしてすぐに入った。私にしては珍しく長風呂をしたと思う。
もう明日は風邪をひけば完璧である。そのために髪も乾かさず冷房の温度も少し下げておいた。寝るにははやいからスマホをポチポチ弄って愛犬と遊んで、いつの間にか寝落ちてた。
翌朝、見事に身体は怠く熱を測ったらバッチリ38.2℃であった。遅くに帰ってきた母には「またか」と呆れられたが完璧すぎる計画に親指を立てる。
友だちからも『おバカ』とメッセージが送られてきた。
そう、これは英語の小テストがあると告知されたときから計画されていた。この結果は最初から決まっていたことなのだ。
愛犬にドヤ顔してみせたら尻尾で叩かれた。「おバカ」とでも言っているようである。
これでいいんだ。これが青春なんだよ。
【題:最初から決まっていた】
それは、ずっと遠くにあってどれだけ手を伸ばしても届かないもの。一方的に降り注いでおいて時間になればいなくなってしまう。気まぐれに現れては消えてを繰り返して、私の都合などお構いなしに掻き乱す。
そんなあなたを心から愛し求めているのも、殺してしまいたいほど憎むのも、ぜんぶ本当なの。
また気まぐれにやってきたあなた。他愛のない会話と一方的に決められ埋められていく明日以降の予定。素直に頷いているのに謝るあなた。仕方ないと慰めても謝っきては爆弾を落としていく。
そうやって支配されて壊されて、私はボロボロだよ。
「ごめんね、きみの時間を奪ってしまって」
いいんだよ、こんなことでしか役に立てないから。
「あの人は以前付き合いがあった人とまだ交流があるんだって。もうベットから起き上がれもしないし意思疎通すらまともにできないのにね。
定期的に連絡をとってお見舞いの品ももらって、すごく愛されてるよね」
なんでそれを私に言うの。
嫌味のつもり?それとも単に話したかっただけ?
私がベットから起き上がれなかったときあなたは心配する素振りだけして何もしてくれなかった。
私が意思疎通できないくらい苦しんでるときあなたはただみているだけで何もしてくれなかった。
定期的に連絡?そんなの予定の追加やキャンセル、変更があったときだけだ。
お見舞い?私が入院したときは品物どころか会いにくることもなかった。
私はこんなにもあなたに尽くしているのに、なんで?
あなたが腹を痛めて生んだ子どもは目の前にいるのに、どうして?
弟妹たちは可愛がるのに、なんで?
私だけ何ももらえないのはどうして?
『お姉ちゃん』ってなに?
こんなに私はあなたを愛しているのに、一欠片の優しさすらもらえないのはどうしてなの。
私も愛されたい。可愛がられたい。おねだりしたものを買ってもらいたい。よくできたら褒めてほしい。何かあれば心配して不安になってほしい。笑ったら笑い返してほしい。弟妹たちより私をみて、一度くらい私を優先して。
あなたは私にとっての太陽で唯一無二の存在。
でもあなたにとっての私は替えの効く取るに足らない存 在。
…なんて、考えるのもおこがましいね。ごめんなさい。
【題:太陽】
今日のお題みて思い出した
―柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規
まだ夏なのに柿が食べたくなる
京都にも行きたくなったけど盆地で暑いから写真みて観 光したことにしとく
暑すぎて出掛けたくない
冷したラムネ飲みたい
夏のフルーツは足が早いからはやく秋になってほしい
食欲の秋したい
なんの話しも思いつかなかった
どんなお題でも小説風のなにかを書けるようになりたい
この煩悩を年末の鐘で浄化しないといけない
欲が目標になったら最速で叶いそうなのに勿体ない
【題:鐘の音】
『つまらないことでも続けていればどうにかなる』
そんなの幻想でしかなかった。
どれだけ努力しようと結果がでなければ何の意味もない。
頑張ったという過去しか残らない。それを誇らしいなんて思えるのはずっと先だ。
今はまだ無駄な時間を過ごしたとしか思えない。
何かつらいことでもあったのか、とはよく聞かれる。
実際は人間なら誰でも経験するような取るに足らないつらさなのに、僕は堪えられなかった。
今では他人の笑い声をきくだけでゾッとし、こちらを値踏みするようにみてコソコソと話す姿をみるだけで冷や汗がとまらない。そんな些細なことがトラウマになるなんて生きづらいことこの上ないのだ。
他人の要望にはできるだけ応えてきたし、頼まれればなんでもやった。犯罪まがいなことはなかっただけマシだけど、当然のように見下されて叩かれるのは心も肩も痛くてしかたなかった。
いつからか何をしてもつまらないと感じるようになった。
どうせいつか取り上げられてしまうなら頑張る理由も努力する意味もない。自分のためではなく他人のものにされるのになぜ僕がやらなければいけないのか。
そう思うようになってから、好きだったことも手につかなくなった。
書いていた文字を消し、描いていた絵を破いて、机の上にあるもの全てを押し入れにしまいこんだ。
編み途中のモチーフも刺し途中の刺繍も未完成のまましまった。かろうじて残ったお菓子作りの本は暇つぶしに眺めるだけで、店で買ってきたお菓子を食べながら放り投げる。
だってつまらないのだ。何をしても無駄でしかない。
でも、忘れるにはあまりにも眩しすぎて手放したくない。
そんな中途半端なまま、好きなことを嫌いだ苦手だと嘘をついて日々を過ごす。
僕はみんなが言う通りの嘘つきだ。
【題:つまらないことでも】