鶴づれ

Open App
10/13/2023, 3:21:46 PM

子供のように


「ねえ、お母さん。今日、実家帰ってもいい?」
 一人暮らしのアパートで、スマホを耳に当ててベッドにダイブする。どすん、とベッドが鳴る音が聞こえたらしく、お母さんはくすくす笑った。
「帰ってくるのは構わないけど、あなた、かなり疲れてるのね。こっちまで一人で来れる?」
「電車には乗れると思うけど…。駅から歩くのやだなぁ」
 大学生にもなってみっともない。そんなことを言われそうな態度だが、お母さんは全く気にせずに続ける。
「なぁに、そんなに疲れるようなことしたの?」
「…昨日、遅くまでバイトして、今日は講義受けてからずっとレポート書いてた」
 大きめのため息をつくと、またスマホからお母さんのくすくす笑う声が聞こえた。
「あーらまぁ。しょうがないわね。駅まで車で迎えに行ってあげましょう」
「ありがとう、お母さぁん」
「はいはい。電車乗ったら、連絡ちょうだいね」
 また、くすくすという笑い声を残して電話は切られた。
 重い体に鞭打ってベッドからのそりと起き上がる。スマホと家の鍵だけパーカーのポケットにしまって、家を出た。
 まるで小学生が近所に遊びに行くような感覚で、大人が実家に帰る。まったく、いつまでも子供のままだ。
 でも、それでいい。大学生だろうが、成人済みだろうが、子供のように振る舞えるところがあってもいいじゃないか。

10/13/2023, 3:29:01 AM

放課後


 駅前のショッピングモールに、新しくドーナツのチェーン店が入るらしい。
 その知らせから二ヶ月ほど。ついにドーナツ屋さんがオープンした。
 学校の最寄り駅の近くだから、放課後に買いに行こう。オープンの一週間前から決めていたんだ。
 学校が終わって、私はすぐにショッピングモールへ向かった。…が、時すでに遅し。
 ドーナツ屋さんの前だけに、長い行列がすでに出来上がっていた。友達グループ数人で来た高校生に、目を爛々とさせる主婦。会社員も混じっていて、私が並ぶか迷っている間にも列は伸びていく。
 これは、待てないな。
 諦めてショッピングモールから出る。すると、どこからか甘いにおいがやってきた。ドーナツじゃない、少し遠くから。
 においに釣られるように歩いていくと、商店街についた。あまり来たことはなかったけど、駅前には商店街もあったっけ。
 商店街をきょろきょろと見渡していると、甘いにおいの正体を見つけた。鯛焼き屋さんだ。あったかそうなおじちゃんとおばちゃんがやってる、ほっこりした鯛焼き屋さん。
 結局、あんこの鯛焼き一つを片手に、ほくほくと家に帰ったのだった。

10/11/2023, 11:09:34 PM

カーテン


 初めて一人暮らしをする部屋に引っ越してきた。
 とりあえず最低限の家具と家電を置いただけで、まだ部屋は殺風景。
 こういう時はカーテンを変えるといいって、お姉ちゃん言ってたっけ。実家は障子とふすまだから、よくわからないけど。
 とりあえずカーテンを買いに行こうかな。

10/10/2023, 8:27:11 AM

ココロオドル


 日曜日の午後八時。
 推しのグループの公式配信の時間。
 毎週一時間半ほど、ゲームして小学生みたいに騒いで。
 軽口を叩きあうその声が。
 私の最高に楽しい瞬間。
 それだけを心待ちに、一週間頑張るんだ。

10/8/2023, 1:50:30 PM

束の間の休息


「これ、間に合うか…?」
 何度も浮かんだ疑問を、美術室で呟く。
 目の前には明らかに未完成と分かる絵。たたみ半畳ほどのキャンパスに、ツルが生い茂る魔法使いの部屋が広がっている、私の最高傑作になる予定の絵だ。
 高校の美術部に入って、人生で初めてこんなに大きな絵を描かせてもらった。だか、時間の見積もりが甘かった。県展の締め切りは明日なのに、仕上げ作業が全く終わらない。
 水彩絵の具での下塗りは済んだのだけど、色鉛筆での影や光の描き込みが地獄だった。なんというか、もう…。
 なんでこんな絵にしたんだろう、というところから考えなくてはいけない程だ。ツタとか、多すぎて面倒くさい。終わんない。
 脳死で影、書き込んでこう。そうしよう。
 束の間の休息など優雅なものは取れそうにない。とにかく描かねば。

 翌日、なんとか締め切りに間に合わせた後。
 顧問の先生に聞いたのだか、締め切り前夜の美術室からは、私と同じように県展に追われる部員たちのうめき声や叫び声が、お化け屋敷のように聞こえてきたらしい。

Next