大事にしたい
夏休みは田舎の祖父母の家で過ごしていた。
あるのは海と山と少しの店、というような典型的な田舎だったけど、実家が都会にある僕にとっては未知の宝庫だった。
そこで、ある男の子と女の子に出会った。すぐに仲良くなって、小学生の夏休みはずっと彼らと遊んでいた。海に飛び込み、山で虫を捕り、祖母にすいかをもらって三人で食べ、祭りの日には花火も見た。
本当に楽しい、宝物のような夏だった。
変わったのは、僕が中学に上ってからだ。
サッカー部に入って、休日はほとんどなくなった。夏休みだって同じこと。ほぼ毎日学校まで自転車を漕いで、ボールを蹴る。試合がある日は自分が出してもらえなくても現地まで行く。祖母の家に行く時間はなくなった。
練習終わり、自転車にまたがった時、よく彼らを思い出す。僕がいなくて寂しいと思ってくれるだろうか。それとも怒っているだろうか。彼らは優しいから、忘れられてることはないだろうけれど。
もっと、彼らと過ごした時間を大事にしたかった。
時間よ止まれ
庭に季節外れのユリの花が咲いていた。
白く、気高く、一輪だけでも堂々とそこにある。
でも、花の綺麗な時間は短いもの。きっとすぐ、花びらが落ちて枯れてしまう。
時間よ止まれ。
叶うわけもない願いをそっと呟いた。
夜景
「行っちゃうの、お父さん」
「…ごめんな」
答えになっていない言葉だけ残して、お父さんは家を出ていってしまった。お母さんと、お別れするんだって。
二台ある車のうちの一台に乗り込んで、実家がある都会に移った。
その瞬間から、お父さんのいない日常が始まった。
ご飯は二人分になったし、お風呂に入る時間も早くなった。冷蔵庫からビールの缶が消え、ネットショッピングの段ボールも届かなくなった。
見つけてしまった違和感を飲み込んで、飲み込んで、飲み込んで。そうして迎えた夏休み。
我が家ではお盆の少し前に、おばあさんに会いに行くのが恒例だった。だから、今年もそうだよね。と、なんの引っ掛かりも持たずにそう思って、声に出しかけた。
お母さん、今年はいつ神奈川に行くの、と。
出しかけただけでよかった。だって、意味がないから。
お父さんの実家になんて、もう行けやしないから。
ふと、頭に浮かんだのは夜景だった。
夜景といっても、高いビルが作る観光地の夜景ではなくて、住宅街の明かりが作る暖かな夜景だ。
私が住んでる田舎とは違って家も街頭も多くて、少し高い位置にあるおばあさんの家からは、綺麗に明かりが見えるのだ。
都会の営みを象徴するようなこの小さな夜景が、私は好きだった。
でも、それももう二度と見れない。
出しかけた声と一緒に、この事実を飲み込んだ。
花畑
目の前に広がるのは、一面の花畑。
赤、水色、紫、桃色、黄色、そして緑。
色鮮やかな花たちが、寄り添うように咲き誇っている。
そうだ、ここの花を摘んで、花束を作ろう。
彼に「おかえり」って言えるんだ。想像もつかないくらい、盛大に祝おう。
数年後、いや、十年後、二十年後に。今日は素晴らしい日だったと、語り合えるように。
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シクフォニ すちくん、復帰おめでとうございます!
空が泣く
空の神様は泣き虫だ
春のやさしさが恋しくて泣き
夏のかがやきが眩しくて泣く
秋のいろどりが淋しくて泣き
冬のつめたさが欲しくて泣く
空の神様は大地を愛している
だから
命が歌い
風が励まし
日が語りかけ
虹が涙を拭いてくれる