鶴づれ

Open App
9/21/2023, 3:34:44 AM

大事にしたい


 夏休みは田舎の祖父母の家で過ごしていた。
 あるのは海と山と少しの店、というような典型的な田舎だったけど、実家が都会にある僕にとっては未知の宝庫だった。
 そこで、ある男の子と女の子に出会った。すぐに仲良くなって、小学生の夏休みはずっと彼らと遊んでいた。海に飛び込み、山で虫を捕り、祖母にすいかをもらって三人で食べ、祭りの日には花火も見た。
 本当に楽しい、宝物のような夏だった。

 変わったのは、僕が中学に上ってからだ。
 サッカー部に入って、休日はほとんどなくなった。夏休みだって同じこと。ほぼ毎日学校まで自転車を漕いで、ボールを蹴る。試合がある日は自分が出してもらえなくても現地まで行く。祖母の家に行く時間はなくなった。

 練習終わり、自転車にまたがった時、よく彼らを思い出す。僕がいなくて寂しいと思ってくれるだろうか。それとも怒っているだろうか。彼らは優しいから、忘れられてることはないだろうけれど。
 もっと、彼らと過ごした時間を大事にしたかった。

9/20/2023, 3:25:22 AM

時間よ止まれ


 庭に季節外れのユリの花が咲いていた。

 白く、気高く、一輪だけでも堂々とそこにある。

 でも、花の綺麗な時間は短いもの。きっとすぐ、花びらが落ちて枯れてしまう。

 時間よ止まれ。

 叶うわけもない願いをそっと呟いた。

9/18/2023, 1:50:32 PM

夜景


「行っちゃうの、お父さん」
「…ごめんな」
 答えになっていない言葉だけ残して、お父さんは家を出ていってしまった。お母さんと、お別れするんだって。
 二台ある車のうちの一台に乗り込んで、実家がある都会に移った。

 その瞬間から、お父さんのいない日常が始まった。
 ご飯は二人分になったし、お風呂に入る時間も早くなった。冷蔵庫からビールの缶が消え、ネットショッピングの段ボールも届かなくなった。

 見つけてしまった違和感を飲み込んで、飲み込んで、飲み込んで。そうして迎えた夏休み。
 我が家ではお盆の少し前に、おばあさんに会いに行くのが恒例だった。だから、今年もそうだよね。と、なんの引っ掛かりも持たずにそう思って、声に出しかけた。
 お母さん、今年はいつ神奈川に行くの、と。
 出しかけただけでよかった。だって、意味がないから。 
 お父さんの実家になんて、もう行けやしないから。

 ふと、頭に浮かんだのは夜景だった。
 夜景といっても、高いビルが作る観光地の夜景ではなくて、住宅街の明かりが作る暖かな夜景だ。
 私が住んでる田舎とは違って家も街頭も多くて、少し高い位置にあるおばあさんの家からは、綺麗に明かりが見えるのだ。
 都会の営みを象徴するようなこの小さな夜景が、私は好きだった。
 でも、それももう二度と見れない。
 出しかけた声と一緒に、この事実を飲み込んだ。

9/17/2023, 2:42:33 PM

花畑


 目の前に広がるのは、一面の花畑。

 赤、水色、紫、桃色、黄色、そして緑。

 色鮮やかな花たちが、寄り添うように咲き誇っている。

 そうだ、ここの花を摘んで、花束を作ろう。

 彼に「おかえり」って言えるんだ。想像もつかないくらい、盛大に祝おう。

 数年後、いや、十年後、二十年後に。今日は素晴らしい日だったと、語り合えるように。

__________________________

シクフォニ すちくん、復帰おめでとうございます!

9/17/2023, 5:24:00 AM

空が泣く


 空の神様は泣き虫だ

 春のやさしさが恋しくて泣き

 夏のかがやきが眩しくて泣く

 秋のいろどりが淋しくて泣き

 冬のつめたさが欲しくて泣く


 空の神様は大地を愛している

 だから

 命が歌い

 風が励まし

 日が語りかけ

 虹が涙を拭いてくれる

Next