命が燃え尽きるまで
たった二ヶ月、仲良く遊んでいただけなのに。僕の心の全てをさらっていった女の子。
どうしようもない僕を救ってくれた、神様みたいな人。
もう二度と、戻れないと思うけど。僕は大丈夫。
あの二ヶ月を糧に生けていけるよ。救ってくれて、ありがとう。
だから、今度は僕の番。
僕のことなんて振り返らなくていい。幸せになってよ。
悪いものは、全部僕が引き受けるから。
人生をかけて、君を守ってみせるから。
どうか。命が燃え尽きるまで、優しい世界の中にいて。
夜明け前
夜明け前に起きる時は、特別な日の始まりになる。
旅行に出発する日と、初日の出を見る日。
年に数回しかないけれど、その分夜明け前の空の色が特別に見える。
特別の象徴が、夜明け前だ。
本気の恋
赤い日がさす放課後。人目につかない校舎裏。
君に救われてからちょうど一年後、話があるからと、君を呼び出した。
待ち合わせの三十分は前に着いて、ずっと君に伝える言葉を反芻している。
「悪い、待たせたな」
いつもの楽しそうな雰囲気をまとって、君はやってきた。
「いや、私が早く来すぎただけ」
「そっか」
私がそう返すと、君はにかっと笑ってくれた。
「それで、話って何?かしこまっちゃってどうしたのさ」
「話っていうか、私が一方的に伝えたいことなんだけど…」
君の目を見て、伝えたかった言葉を吐き出す。
「私、君が好きなの」
「は…?」
君は目をぱちくりさせる。
「一年前、君が救ってくれてから、ずっと好きなんだ。恋人になりたいって思ってる」
「いや、そういう意味じゃなくてさ」
君が浮かべているのは、さっきの爽やかな笑みではなく、引きつった苦い笑い。
「なんかの罰ゲームとかに巻き込まれた?嘘告なんてするやつじゃないだろ」
「嘘じゃないよ。どうして…?」
「いや、俺ら男同士じゃん」
君が突きつけたのは、一年前に君がくれた言葉。
「お前、一年前、男になりたいって悩んでたんじゃねーか。女が好きなんじゃねーの?」
「えっ…」
「罰ゲームに巻き込んだの、どうせいつもつるんでるあいつらだろ?俺からやめろって言っとくから。じゃーな」
まだ状況を飲み込めない私を置いて、君は行ってしまった。
確かに、私は体は女で、だけど男になりたいって思ってた。それを一年前、君が肯定してくれた。「俺らは男同士だろ」って。だから、私は私でいられるんだよ。
それなのに…。
「なんでよ…」
君が否定しないでよ。君なら、私のことそういう目で見られなくても、受け止めてくれるって思ってたのに。
嘘なんかじゃない。信じてよ。
カレンダー
書店にカレンダーが並ぶ季節がやってきた。
正直、買うのは年末になってからだし。
気に入ったデザインのカレンダーがあるかよりも、去年買ったものと同じものがあるのかの方が重要だったりする。
それでも書店にカレンダーが並ぶ季節というのは。
今年の残りのカレンダーの少なさに驚き。
来年のカレンダーが程よく埋まることを、ひっそりと期待する時期なのだ。
喪失感
「たくさん山菜取ってくるから。お米炊いて待ってて!」
姉がそう言って山へ入ってから、どのくらい経っただろうか。
しばらくすればその時の様子なんて忘れてしまうような、日常の会話の一つだった。実際、私もその時の姉の顔なんて覚えてない。
これが、姉との最後の会話だなんて思わなかったから。
姉の帰りが遅いな、と思っていた頃。知り合いの猟師が訪ねてきて、姉の死を教えてくれた。帰ってきたのは、姉の使っていた籠と着物の切れ端だけ。熊に食われたそうだ。猟師が駆けつけた頃には、時すでに遅し。血に塗れた着物と、籠と少しの山菜が転がっていたらしい。
誰を恨めるわけでもない、自然の中の事故だ。
恨みも憎しみも生まれないならば、今あるのは姉を失ったという喪失感だけ。
それがこんなに情けなくて惨めだなんて、知らなかったな。