喪失感
「たくさん山菜取ってくるから。お米炊いて待ってて!」
姉がそう言って山へ入ってから、どのくらい経っただろうか。
しばらくすればその時の様子なんて忘れてしまうような、日常の会話の一つだった。実際、私もその時の姉の顔なんて覚えてない。
これが、姉との最後の会話だなんて思わなかったから。
姉の帰りが遅いな、と思っていた頃。知り合いの猟師が訪ねてきて、姉の死を教えてくれた。帰ってきたのは、姉の使っていた籠と着物の切れ端だけ。熊に食われたそうだ。猟師が駆けつけた頃には、時すでに遅し。血に塗れた着物と、籠と少しの山菜が転がっていたらしい。
誰を恨めるわけでもない、自然の中の事故だ。
恨みも憎しみも生まれないならば、今あるのは姉を失ったという喪失感だけ。
それがこんなに情けなくて惨めだなんて、知らなかったな。
9/11/2023, 3:27:10 AM