もしも未来が見られるなら、
ぼくは人間が絶滅する瞬間を見たい。
なぜなのか?
いつなのか?
どこで終わりのときをむかえるのか?
20年後なら、
ぼくはおなかいっぱい好きなものを食べて、
買っておいた本を読むだろう。
10年後なら、
ぼくはせいいっぱい親孝行をするだろう。
5年後なら、ぼくは成長するための努力を
すべて放棄するだろう。
1年後なら、ぼくは毎日、日記を書くだろう。
ぼくが生きていた証拠になるように。
いろんな人が、知りたい未来を見れたなら、
そのあときっと行動も変わるはず。
いろんな人のいろんな行動によって
未来もうっすら変わるはず。
そうしたら、ぼくが見た未来は、
ただのまぼろしへと変わるだろう。
「もしも未来を見れるなら」
貴方は赤色だから〇〇だよね、とか
貴方は黄色だから△△じゃないよ、とか
カテゴライズされるのはごめんだ。
誰しもが一色の人間ではないのに、
必ずしも生まれてから死ぬまで、
ずっとその色とは限らないのに、
人はなぜか、他人を一色に決めたがる。
その方が安心するから?
同じ色の人と群れられるから?
違う色の人を拒絶できるから?
たまに思うのだ。
無色の世界で生まれたら、
みんな仲良くできるのだろうか?と。
この色よりこの色の方がキレイ、とか
この色は汚い色だ、とか
そんな争いから開放されるのだろうか。
私は無色になりたい。
そして、その日の気分でいろんな色にもなりたい。
無色の世界は、自由の世界と同義だと思う。
「無色の世界」
桜みたいに、綺麗な姿の印象だけをみんなに残して、
散っていけたら、どんなに幸せなんだろうな。
消えたあとも、みんなの記憶に残るのは
枝に無数についていたころの鮮やかで美しかった花だけ。
桜散ったあと地に落ちて、車とか、自転車とか、
多くの人に踏みにじられた無数の花びらのことは
誰も覚えちゃいねえんだ。
しかし、人間ってもんはそうもいかねえんだよな。
蕾のときから散るまでも、その後も、
踏みにじられても生きてかなきゃなんねえ。
美しい期間より、美しくねえ期間の方が長い。
何なら、美しく咲けるかどうかもわかったもんじゃない。
ときどき、ものすごく無力を感じることがあるよ。
それでも、それでも
生きていかなきゃいけねえのが人間なら、
もういっそ、美しくない自分も愛するしかねえんだ。
散るためには、まず花を咲かせなきゃなんねえ。
てめえがてめえっていう花を愛さなきゃ、
てめえがてめえに水をやらなきゃ、
他に誰がてめえの蕾を守ってくれるんだ?
花開かせてくれるんだ?
咲くのも散るのもてめえの気分次第。
あの花は綺麗に咲いているのに
それに比べて自分は、と思うこともあるけどよ、
水やりを忘れずに、やれることをやっていこうぜ。
「桜散る」
「ここではないどこかへ」
揺れる電車のなかで、
僕はふと隣にいる彼女のことを考えた。
横目で見ると、彼女は何かを探すように、
ただ窓から星空を眺めている。
短すぎるぐらい短く髪を切り揃えた彼女の横顔は、
初めて出会ったときよりも、
その凛とした美しさがいっそう際立っていた。
見て、先生。
これだけ髪が短ければ、私だと分からないでしょ?
肩まであった長い髪を、
男である僕よりも短く切ってきたのは、
僕を驚かせたかったからだという。
それは嘘だ。
彼女は、全て捨ててしまいたかったのだ。
『女』としての自分も、
これまでの過去も、
そして、あの母親も。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
僕たち以外は誰もいない車両では、
電車の揺れる音がまっすぐに脳に響いてくる。
下を向いた僕の自問自答と迷いも、
かき消そうとしているようだった。
これでいい、これで良かったんだ。
彼女にとっても、僕にとっても。
すうっと息を吸い、顔を上げて彼女に目をやると
さっきまで星空を見つめていたその美しい瞳は、
僕の姿だけをはっきりと映しだしていた。
「先生、だいじょうぶ?」
一瞬の沈黙は、電車の揺れる音だけではなく、
僕の心臓の高鳴りを大きく自覚させるのに役立った。
トクン、トクンと身体の奥から
わきあがってくるこの音は、僕の瞳の中に彼女が、
彼女の瞳の中に僕がいることの幸福の音だと思った。
「だいじょうぶだよ」
僕は、今の自分でできうる限りの笑顔で言った。
そして、少しおどけた声で。
なぜかわからないけど、そうした方がいいと思ったから。
「そう?」
ほほえんだ彼女のくちびるは、少し震えていた。
大人びていると思っていた表情は、
すっかり16歳の少女に戻っていた。
ああ、そうだ、彼女だって不安なんだ。
星空を眺めていたのも、これから僕たちがどこに行くのか、
自分の頭の中で探していたんだ。
僕たちが出会ったこの街を
僕たちは捨てていくんだ。
たとえ存在を拒絶された場所であっても
二人にとってはここが今まで世界のすべてだった。
不安にならないはずがない。
僕は視線を外さないまま、彼女の手を握った。
彼女も、握り返してくれた。
それだけで、また、幸福が溢れてくる。
なんとかなる、絶対なんとかなる。
ここではないどこかに、僕たちの居場所はきっとある。