ウェスト・アンド・サウス
『人生は死ぬまでの暇潰しである』
誰かがそう言っていた。
なるほど。確かにそうかもしれない。
でも、それだと人間は死ぬために生まれてきたみたいじゃないか?
人間をダメにする呪いの一つは『死の自覚』だ。
自分は未来のどこかで必ず死ぬということを知っている。それが人生を悲観的に見るか、だからこそ懸命に生きようと努力するかは人それぞれだ。
アイザック・ニュートンと僕はまるで違う。
だから、僕の場合、テキトーに生きていこうと思う。人生を重く受け取らないんだ。どうせ死ぬんだと思いながら、色んな馬鹿なことをしてやろう。
西や南へオープンカーを走らせよう。フェリーに乗ってどこか遠くの場所へ行こう。
創世記13章にもあるじゃないか。『この大地を縦横無尽に歩くと良い』ってね。
僕はナポレオン・ボナパルトにはなれない。
だから、僕はテキトーに生きていく。いつか死ぬのにベストを尽くす意味もない。それでいいんだ。
英雄になる必要もない。国王になる必要もない。
僕は僕らしく、人生を死ぬまでの時間を暇潰しにしよう。
傷つくこともない。悩みを抱えることもない。
僕は僕。アイツはアイツ。
チャールズ・ダーウィンにはなれないのだから。
ホワイト
記憶は深い場所に監禁されている
絶え間なく反響する足音に怯えながら
俺は地下道を忍び足で歩いていた
お前の一言が俺の世界を変えたんだぜ
お願いだから笑ってくれよ
俺は酔っていたい
心はずっと雨漏りしているんだ
白い光に向かって歩き続けている
お前の顔が俺の世界を変えたんだぜ
愚かなほどに破壊された秩序
でも俺は希望を失っていない
それどころか、俺は今確かに可能性を得たんだ
恐怖なんかに、打ち倒されるものか
お前の存在が俺の世界を変えたんだぜ
このホワイトノイズに溢れる場所で
それでも生きていける
それでも闘えるんだ
背中に白い翼が生えたら、飛んでいける
お前が世界の中心だったんだ
お前こそが世界の秩序だったんだ
お前は遥かな、そして偉大な存在だった
もうすぐあの白い光が見えてくる
そこへ行けば俺は変われると思うんだ
お前のおかげなんだぜ
お前がこの世界を創造したんだ
だから届かなかった
それでも、お前の世界に俺を置いておいてくれよ
グッド・バイ
私は砂浜に座り、潮風を全身に浴びながら、夕陽に染まった真っ赤な海を見ていた。
私は大きく息を吸い、吐いた。それを何度も繰り返しながら、まだ薄ぼんやりとした輝きを放つ三日月を見た。
私は世界中に溢れる優しさを受け止めている気がした。
私は世界中に漂う無数の幸福を感じている気がした。
聞こえてくるのは、波の音と不安定な心音。
しかし、私は今、幸福だった。
もはや恐怖などどこにもなかった。
子供の頃、私は母の死を想像しては枕を涙で濡らしていたのを思い出した。
だが、母はもうずっと昔に死んだ。
人間はいつか死ぬ。
だけど、それが悲劇だなんて到底思えない。
この奇跡のような瞬間。
この魔法のような感情。
全てが尊いと思った。
さようなら、地球。
私は、本当に幸せだったな。
オールウェイズ
悲しい歌を聴きたいわけじゃない
辛い映画を観たいわけじゃない
苦しい夢から逃れたいだけだ
ただ、それだけだ
ただ、それだけなんだよ
本当に、いつも願っている
どうか教えてくれ
どうか救ってくれ
薬なんか捨ててしまいたい
俺は自由になりたいんだ
そして、あの空のてっぺんまで舞い上がらせてくれ
お願いだよ
お願いさ
頼むよ
本当に、いつもそう願っているんだ
哀れだと思うだろう
愚かだと思うだろう
全く笑えない冗談みたいだと思うだろう
でも、俺はここに立っているんだ
消えちまいそうなくらい不安定な存在さ
それでも俺はいつも願っている
いつの日か
いつの日か
あの空のてっぺんへ舞い上がらせてくれることを
だから、少しだけ笑ってみるんだ
そうすれば、一日は穏やかに過ぎていくから…
ハンティング・ゲーム
学校の屋上で、私は楽器ケースを肩に背負い、一人ぽつんと立っていた。眼下のグラウンドからは、昼休みではしゃいでまわる生徒の賑やかな声が聞こえてくるのを他所に、私は安全柵に寄りかかって所定の時刻になるまで、『ライ麦畑でつかまえて』を読んだ。
時計を見る。時間だ。
本を閉じ、空を見上げた。
天気は晴れ時々曇り。今は少し曇っているけど、太陽はうっすら顔を覗かせている。
「天国への階段」とも言われる、雲の隙間から射し込む光が綺麗だった。カメラがあれば写真を撮っても良かったかもしれない。もっとも、私はそんな気分じゃなかったが。
私は楽器ケースから、22口径のスポーツ用シューティングライフルの部品を取り出し、器用に組み立てて、スコープを覗いた。続いて、弾が装填された弾倉を取り出し、銃にセットすると、ボルト・リリース・レバーを引いて準備完了。後は引き金を引くだけで自動的に薬莢の排出と次弾の装填を行ってくれる。
昼休みの終わりを告げるチャイムと同時に、私はグラウンドに向けて発砲を開始した。あくまでも殺さないように、いじめの主犯とその取り巻き達の足や腕を狙撃していく。ゲーム感覚で他人を傷つける自分が心底面白かった。ただ、夢中で撃ちまくっていたら、警報が鳴り響いた。
私は舌打ちをした。弾ももうほとんど残っていない。スコープを外してグラウンドを見渡すと、何人も血を流して蠢いていた。まるで、死にかけたゴキブリみたい。
すると、屋上の扉を破壊する音が聞こえた。慌ててそちらを見ると、防弾の盾を持った職員が私を取り押さえにやってきた。
私は、「遅いよ~」と彼らに向かって叫ぶと、銃を投げつけ、安全柵を飛び越え、真っ逆さまに急降下していった。