John Doe(短編小説)

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12/1/2023, 2:01:03 AM

クリスマスイブ


その日の朝も憂鬱だった。いや、むしろ憂鬱じゃない朝なんてほとんどない。だって、僕が毎晩見る夢はたいていひどく淫らで、ひどく汚ならしいものだからね。わかるだろ? そういう夢は思春期という病気を拗らせた助平な子供が見るようなものなんだ。僕はもう二十歳なんだから、参っちゃうね。

今日はクリスマスイブだ。まだ欧州の戦争は終わってないみたいで、「クリスマス迄に終わる戦争」も泥沼化していることは無学な僕にも分かった。僕はずるい人間でね、愛国心なんて微塵もないんだ。帝国が勝とうが、共和国が勝とうが、支配者と世界地図が変わるだけ。そんなことを考えていたんだな。それにしても本当に寒い。こんなに寒い日は肺に負担がかかりそうだよ。僕は生まれつき肺が悪かったから、徴兵検査で不合格だったんだ。家族からは疎まれたけど、僕は内心嬉しかったね。まあ、独り暮らしというのがまた良かった。大学受験のためだとかなんとか言ってのしのぎさ。

僕はどれ、戦時下の街を歩いてみるかと、着替えて、トレンチコートを着てアパートの外に出たんだ。僕はめったに外に出ないものだからね。その時、コートの内ポケットが重たいことに気付き、探ってみると、ブローニングの38口径の自動拳銃があったんだ。僕はそれをアパートに置いてくるべきだった。だけど、僕はそのまま修道院の近くにある有名なレストランへ朝食を食べに行った。もう寒いのなんの、腹もペコペコだの、とにかく早く店の中へ入りたかったんだ。

暖かい店に入り、僕はコーヒーと軽食を注文し、待っている間タバコを吸っていた。クリスマスイブにも関わらず、街は死んだように静かなんだな。男連中は皆戦場に行ってしまったからだろう。だからか、店の中も老人や若い女ばかりで、男は僕と気違いみたいにパンにかぶり付いている浮浪者のような男だけなんだ。いや気が滅入ったもんさね、若い女らは僕を見るなりこそこそと耳打ちしてやがんだ。

しばらくすると、コーヒーと料理が出てきた。ウェイターはどうも東洋系の顔立ちの細い男だ。僕は彼にチップを渡すと、食事にありついた。

朝食を食べ終わり、店を出たところで、僕は二人の警官に取り押さえられた。何しやがるんだいと騒ぐと、僕のコートから一人が拳銃を取ろうとしたんだな。僕はそれを取られまいと抵抗してると、死んだ街に乾いた銃声が轟いた。僕の胸はみるみる真っ赤に染まった。銃が暴発したのだと気付く頃にはもう意識は遠くなっていった。

僕はまだ死にたくはなかった。だから、戦場には行きたくなかったのに。
とんだクリスマスプレゼントだよ。コートはサンタクロースみたいに真っ赤になって、僕は憂鬱なクリスマスイブの朝、死んだのさ。

11/23/2023, 10:38:04 AM

ギブアップ


『頑張って』は聞き飽きた
『頑張ったな』と言ってくれ
嘘でもいいんだ
混沌の濁流に流されちまいそうだ
俺には逃げ道がない
もうお手上げなんだよ

頑張ったんだ、これでも

11/19/2023, 2:26:26 PM

プリーズ・プリーズ


俺の過去はゴミの中に埋もれている
砂浜は無数のゴミが打ち上げられている
そこに俺の過去もあるんだ
そっとしておいてやってくれよ
ソイツは酷く疲れきっちまったんだ

曇り空の下、工場の汚染水で輝く海
こんな未来は見たくないんだ
こんな未来は望んでいない
俺はただ自由を望んだだけだ
それなのにこの有り様はなんだ?

笑えてくるぜ
腹一杯笑ってくれ
それこそ気違いみたいに
とんだ笑い話なんだ
それとも俺のおべんちゃらに付き合ってくれるか?

本当の意味で俺はどこかおかしいんだ
頭のネジがいくつか取れちまってるんだ
だけど泣きたくなってくるぜ
この黒い海とゴミの砂浜を見てるとよ
でもこれは罰なんだ

そう、これは罰なんだ
抗えない罰さ
終わりのない、無限に続くような
ほら、笑えてくるだろう?
お前なんて大嫌いだ
お前なんか
お前なんて
お前なんか

頼むよ、お願いさ

11/19/2023, 8:03:19 AM

エリア


俺は何かに変わっていく
それは決して憎悪じゃない
それだけははっきり分かるんだ
なぜかは知らないけどね
回転木馬に跨がっている
そんなことに何の意味があるのか
考え出したってきりがない

一体誰に祈っているのだろう?
一体誰がラジオをつけたのだろう?
一体誰にそそのかされたのだろう?
ここは俺の居場所じゃない
ここは俺の居るべき世界じゃない
ここは神聖な領域なのだから

お前は自分のことを出来損ないだと言った
それは決して諦めじゃない
それだけははっきり分かるんだ
なぜなのかは分からない
濁りきった貯水池の水面を見てる
そんなことに何の意味があるのか
考え出したって意味がない

一体誰に命令されたのだろう?
一体誰がお前をそうさせたのだろう?
一体誰のせいで俺はお前を好きになったのだろう?
ここはお前のための世界
ここはお前が生きるべき、理想郷
ここは神聖な領域なんだ

だから、俺は今夜にでもここから出ていく
お前のことはもう忘れることにした
全てを諦めた
全てを
全てを
持てるもの全てを手放したんだぜ

11/16/2023, 5:57:12 AM

親愛なるフランシス兄さんへ


お久しぶり、兄さん。エニスです。このお手紙が届いている頃、こちらはつい先日家族のみんなであなたの無事とイエス様の生誕を祝ってクリスマス・パーティーを催しました。ニューヨークはもう一面銀世界のように真っ白なのよ。兄さんが戦っている欧州はどうかしら? 最近ラジオではどんどんドイツ軍が弱体化し、連合軍は東西でドイツを挟み撃ちにし始めたと聞きました。あの憎たらしいヒットラーの野望も御仕舞いでしょう。もしかしたらこの情報も古いかもしれませんね。

ご機嫌はいかがでしょうか、兄さん。あなたが無事に帰国できるよう家族みんなで日曜日は教会でお祈りしております。どうか御武運を。それと、このお手紙は父と母には内緒に書いています。兄さんは戦いでいっぱいいっぱいだから、このお手紙は本来は許されないものです。でも、私、本当に兄さんが心配で心配で、兄さんがもしかしたら苦しんでいるんじゃないかと思うと夜も眠れず泣いてばかりです。

どうか兄さん、死なないでください。一刻も早く戦争が終わることを祈ってます。そして何もかも忘れてあの懐かしいサンディエゴの海岸へドライブでもしましょう。それでは、さようなら。

エニス・J・ジェンタイルより

追伸

兄さんは以前お手紙で『僕の両手は血まみれで、もう二度と私の頭を撫でてやれない』とおっしゃいましたが、そんなことはありません。あなたは合衆国にとって、私たち家族にとって、勇ましく素晴らしい人です。どうかご自身を責めないでくださいね。愛しています。

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