数奇な境遇を共有出来た時、独りぼっちだった世界に君が入って来た。
世界は僕ら二人と、それ以外だった。
君は言った。自分以外の人間は、僕にとっての敵だと。
だからいつだって君の傍に居なくちゃいけないのだと、君は無邪気な顔で笑っていた。
でも僕は知ってしまった。
僕を愛してくれる人間は、君以外にも居たんだってことを。
この世界は、敵だらけじゃなかったことを。
僕にとっての世界じゃない。
君にとっての世界こそが、僕と二人だけで成り立っていたということを。
終わってみれば、なんて呆気ない。
蓋を開けてみれば、中身なんて何も無い。
とても空虚で、ただのハリボテ。
それでも胸を空くこの想いは、確かに私にとって"恋"だった。
みっともなく泣き喚いて、泣き叫んで、どこにも行かないでと縋り付くことが出来たなら、なんて。
そんなもしもを考える時がある。
馬鹿で、愚かで、矮小で、こんなどうしようもない私のことなんか、振り返らなくていい。
脇目も振らずにひた走る、そんな貴方が好きだったから。
貴方の進む妨げにしかならない、私を置いていってくれる貴方で良かった。
手を伸ばしても、伸ばしても、手に入れることは出来ない。
アスファルトに揺れる陽炎のように、雨上がりに架かる虹のように、水面に浮かぶ蜃気楼のように、夜空に瞬く星のように。
届かないのに、求めてしまう。
指を擦り抜ける、泡沫のまやかし。
深爪。
オレンジに染まった爪先が醜く見えて、爪を噛む。
血の滲む痛みよりも、爪先に詰まった異物が不快だった。
それじゃあ痛いでしょ、と君は少し呆れた顔で笑った。
温かな手が私の手を取り、歪な爪先に優しく触れる。
皮を剥く度にそんな顔をするならと、口元に果実が差し出される。
その表情が癪に障って、差し出された指先ごと齧り付く。
瞬間、ニヤけた口元と力の籠った指先に気付いた時にはもう手遅れ。
あ、食べられる。
口の中で弾けたみかんと共に、君の血の味がじんわりと広がった。