窓越しに見えるのは
窓際の席になって、最初にラッキーだと思ったのは、校庭で走る彼を見つけた時だ。
体育の授業で走る君のフォームが綺麗で見惚れてしまったんだ。
その綺麗な走りに、俺はてっきり彼が陸上部なんだと思い込んでいたんだけど。
放課後、一緒に帰る友人の用事を待つ間に、ぶらぶらと校内を歩いていた時。
美術室の窓から、君の姿が見えて。
キャンバスに向かう、真剣な横顔が綺麗で見惚れてしまったから。
あの、走るフォームが綺麗な彼と同一人物だとは、直ぐには気が付かなかったぐらいだ。
そして、君が美術部に所属していることを知って。
俺は、授業中に校庭で走る君を眺めるだけでは満足出来ず。
帰宅部なのに態々、放課後まで残って、美術室の横を通りながら。
窓から見える、絵を描く君の姿を見つめてしまう程で。
いつの間にか、俺は、彼の動作の全てに心が奪われていた。
……あぁ、いつか、窓越しじゃない、綺麗な君の姿をこの目に映したいな。
そうすれば、俺がこんなにも君に惹かれる理由がわかる君がするんだ。
なんて。
俺が考えながら、美術室の横を通り過ぎた時だ。
ガラリと、美術室の扉が開いて。
俺が驚いて振り返ると、そこには。
俺が窓越しに見つめていた彼が居て。
窓越しじゃない君の姿を、俺の目が捉えた瞬間。
呼吸をするのを忘れるぐらいに、君に見惚れて。
そして。
「……好き、です。ずっと君のこと見てました」
と、口から気持ちが勝手に溢れていた。
当然、俺の突然の告白に驚いた様子の彼。
目を見開いて、息を呑む様子でさえ、綺麗に思えて。
俺は目が離せない。
「……え、っと、友達……からでも良い?」
なんて。
辿々しかったけれど、返事をくれたことが嬉しくて。
何より、君と友人になれるなら。
もう、窓越しに見つめなくても良いんだと思うと。
それが、嬉しくて堪らないから。
「っ、はいっ。是非お願いしますっ!」
そんな、盛大に頭を下げる俺に。
彼が思わずといった感じで、笑い声を上げた。
窓越しじゃなくて、しかも初めて見た、君の笑顔。
俺は胸の高鳴りが抑え切れなくて。
咄嗟に制服の胸の辺りを強く握る。
勿論、その間にも一瞬だって、君から目を離したりはしなかった。
End
赤い糸
「俺、彼女出来たんだ」
「……部活のマネージャーの子?」
「うん、そう」
そっか、それなら良かった……。
「おめでとう」
俺はホッとして、そう言えた。
「うん、ありがとう」
目の前の彼は幸せそうに笑うけど。
俺は知っている。
その幸せが長く続かないことを。
俺には、運命の赤い糸が見える。
自分のも見えるし、彼のも見えていて。
俺のも彼のも、誰に繋がっているのか、その先はわからないけれど。
でも、少なくとも。
最近付き合い始めたという、マネージャーの子と彼の赤い糸が結ばれていないことは、見えていて知っている。
そして、俺と彼の糸が繋がっていないこともわかってる。
もし、彼の糸と繋がった運命の相手が現れて。
彼に幸せそうに紹介されたとしたら……。
俺はその時も笑って、おめでとうと言えるのかな。
俺に運命の赤い糸が見えるだけじゃなく……切ることも出来るとしたなら、俺は。
彼と結ばれた、運命の相手の糸を引きちぎってしまいそうで怖いんだ。
それで、彼が幸せになれなくても。
俺と彼が絶対に結ばれないとわかっていても。
俺は君を愛しているんだ。
こんな身勝手な俺にも、赤い糸が繋がった運命の相手は、ちゃんといるのだろうか。
だとしたら、どうか。
早く現れてほしい。
俺が、彼の幸せを断ち切る、なんて愚かな罪を犯してしまう前に。
End
入道雲
空を見上げると、入道雲が広がっていて。
今にも雨が降ってきそうだ。
「なぁ、お前、傘持ってる?」
「ううん、無い」
「なんで、持ってねぇーんだよ。天気予報見てねぇーの?」
「そっちこそ。どーせ、お前も持ってないんでしょ、傘」
なんて。
溜息混じりの、彼の言葉に。
俺は待ってましたと言わんばかりに。
カバンから折り畳み傘を取り出してみせれば。
ちっさ、と呟いた彼に、また溜息を吐かれた。
「はぁ?なんだよ、それ。文句あるなら入れてやらねぇーかんな」
「そんなの良いよ。二人で使ったらどっちも濡れちゃうだけじゃん」
お前のだし、お前だけで使えば?
なんて、下駄箱で靴を履き替えた彼が、先に歩き出すから。
待てよ、と。
俺も慌てて、靴を履き替えて。
彼の後を追った。
今にも雨が降り出しそうな空だったけど。
まだ雨は降っていない。
「このまま、帰るまで降らなきゃ良いんだけど」
と、空を見上げた彼が呟いて。
俺が、だな、急ぐか、なんて。
会話をしていた時のこと。
あ、と彼が呟いたかと思ったら。
空から雨がポツポツと降ってきて。
そして、一瞬でザーザー振りに変わるから。
俺が傘を取り出した頃には、ずぶ濡れだった。
「走るよ」
そう短く言った、傘の無い彼はもっと濡れている。
それでも、なんてこと無さそうな顔をしているから
そんなお前を見ていたら、俺も何でも良いか、って気分になってきて。
走って揺れる折り畳み傘が邪魔に思えて、閉じると。
少し先を全身ずぶ濡れで走る、お前の後を追いかけた。
近くの屋根がある場所に着いた時には、髪も制服も濡れて、肌にピッタリとくっついているのが気持ち悪かったけど。
「急にこんな降るなんてね、びっくりした」
なんて。
髪を掻き分けて、あっけらかんと笑うお前を見ていたら。
俺も笑えてきて。
「何か、かっこいいな、お前」
と、思ったことを口にすれば。
「はっ?何、急に……」
と、俺から目を逸らす彼の頬が薄っすらと赤く染まっていて。
「……やっぱ、可愛いのかも」
「はっ?どっちだよ?」
ってか、もっと意味わかんない。
なんて、彼に脇腹に肘を入れられる俺だった。
End
夏
お前と飲む、バイト終わりの一杯が好きだ。
バイト先の近くの、ちょっと広い公園の中にある、
紙コップのジュースの自販機。
そこで、炭酸のジュースを一杯ずつ買って、その場で一気に飲むのが。
俺と彼の、夏の習慣だったりする。
ぷはぁ、とジュースの半分以上を一気に飲み干した、お前が。
「今日はマジで忙しかったよな」
「あぁ、休憩もまともに取れなかったし」
「それにさ、新しく入ったヤツは全然仕事、覚えねぇーから、時間ばっか過ぎるっつうか」
「それな。先輩は教える気ねぇーから、俺らばっか面倒見なきゃなんないの、マジでキツい」
なんて。
バイト中の愚痴を、二人で言い合うのがストレス発散になっているし。
ちょっとした楽しみだったりもするから。
正直、バイト先には不満しかないけど。
お前と知り合えたことだけには、感謝している。
そんな俺の気持ちが伝わったみたいに。
ジュースを飲み干した彼が。
「俺さ、お前がいるから、今のバイト続けられてんだと思う」
帰りにこうやって、お前と一杯やんのは楽しいしさ、と。
空になった紙コップを、ゴミ箱に入れながら、彼がぽつりと言うから。
……さては、コイツ照れてるな。
なんて、俺の方を見ない彼に苦笑していれば。
「何笑ってんだよ、お前」
「ははっ……いや、一杯やる、ってなんか、酒飲んでるみたいじゃね、とか思ってさ」
俺も彼も未成年で。
お酒はまだ飲んだことが無いけれど。
「あぁ、確かに。サラリーマンが仕事終わりに居酒屋行くとか、こんな感じの気分なのかもな」
……だとしたら、大人になっても、お前と仕事の愚痴を言いながら、冷えたお酒を飲んだりしてぇーな。
なんて、俺はふと考えて。
そんな、お前との未来をぼんやりと思い描く、夏のある日だった。
End
ここではないどこか
毎朝同じ時間に起きて。
起きたら、顔を洗って、朝ごはんを食べて、歯を磨く。
一週間分組み合わせておいた服の中から、前日に決めていた服に着替えると、髪をセットする。
時間に余裕があったら、適当にスマホのネット記事を眺めていれば、時間はあっという間に過ぎて。
決まった時間に家を出て、毎日ホームの同じ位置から、いつもの電車に乗る。
そして、いつもと同じように。
バイト先の最寄駅に着いて、仕事場に行って。
慣れた作業を淡々とこなすんだろうと考えていたのに。
最寄り駅に着く手前で、電車が大きく揺れて。
俺はバランスを崩して、体がよろけてしまう。
咄嗟に踏ん張ったけれど、隣に並ぶ様に立っていた青年に肩がぶつかってしまった。
「す、すみません」
「いえ、大丈夫ですよ」
なんて。
爽やかな笑顔を、俺に向けてくれる彼に。
何故か胸がざわつくから。
俺は思わず俯いてしまった。
……なんだろう、この感じ。
何かちょっとだけ、自分が嫌になる。
そんなことを思っていたら、電車が駅に着いて。
あ、降りなきゃ。
と、思うのに、足が動かない。
「あれ、降りないんですか?」
いつもここで降りてますよね、なんて。
さっき肩がぶつかった青年から、不思議そうに声を掛けられる。
どうやら、俺は気が付いていなかったが。
彼も俺と同じように、いつもこの電車の、この車両に乗っていたらしい。
「あ、降ります、降ります」
青年の声掛けによって、我に返った俺が弾かれたように、ドアに向かおうとして。
でも、運悪くドアは閉まってしまい、電車が発進してしまう。
……どうしよう、乗り過ごしちゃった。
このままじゃ、バイトに遅刻する。
「大丈夫ですか?」
なんて、隣の彼に心配される程、俺の様子はおかしかったのだろう。
「大丈夫……じゃないです」
もうバイトには遅刻決定だし。
一度足が動かなかった時点で、きっと、駄目だったんだ。
あぁ、もう、いっそ。
「それじゃ、俺と遊びに行きません?」
「え?」
「実は俺も、さっき降りなきゃいけなかったんですけど」
動かない貴方のことが気になっちゃって、降りるの忘れちゃいました。
と、俺とは対照的にあっけらかんと言う彼が、眩しくて。
……そっか、さっき、俺が自分を嫌になったのは、彼が羨ましかったからなんだ。
どこまでも自由そうな、爽やかな彼に。
俺は惹かれていたんだ。
だから。
「遊ぶって、どこに行くんですか?」
「どこでも良いですよ。行きたいとことかってあります?」
……行きたいところ、か。
「俺も、どこでも良いです」
いつもの見慣れた場所じゃない、どこかなら。
爽やかな風のような彼なら、きっと。
俺を新しい世界へと運んでいってくれるに違いないから。
End