誰にも理解してもらえない、否、してもらえなくていい、自分と相手だけがいればいい。
誰も自分たちを知る人はいない、どこか遠いところに行ってそこで死ぬまで2人だけで暮らしたい。
それがある意味、俺の夢だった。
そう伝えると「そんなことは考えてない」と返され、茫然自失になったも束の間、相手は俺が知らないうちに、俺よりもずっと多くの、ずっと先の未来を見据えて行動していたことを知らされる。
2人だけで最期に向かって生きていく夢を見ていたけれど、その夢が醒める前に、自分たちの人生には多くの理解者がいる、そんな温かくて優しい未来を、新たに夢見てもいいのだと、そう知らされた。
【お題:夢が醒める前に】
「今日な、仕事の休憩で珍しく駅前のカフェに入ったんやけどな。そこで隣の席におった高校生カップルがめちゃめちゃに初々しくてな。なんやものすごいときめいたんよ」
夜、向かい合って夕飯を食べてる時にふとそんな話題になった。
「女の子の方が今度の休みにどこに行きたいいう話から好きなドラマがどうだとかって色々一生懸命話よるんやけど、男の子の方がええ顔して聞いとってなぁ」
「それにオッサンのお前はときめいたんか?」
「オッサンいうなや…まぁ高校生からしたら十分オッサンか…てちゃうよ、なんや自分らがそんくらいの頃のこと思い出してもうて」
「俺らが?」
「俺があーだこーだ話すん、お前もよく真面目な顔して聞いとったなぁて思い出したら、なんやこう…」
「若い頃の俺を思い出して胸を高鳴らせたんか?」
「茶化すなて。…そうやよ。ホンマあの頃から今まで色んなことあったなぁて思い返して、胸高鳴らせてみたんよ。まぁお前はそんなんなさそうやけどな」
何を言ってるんだ、この男は。
「俺は今でもお前が毎日笑うたびに胸高鳴らせてるわ」
笑うたびにちらりと見え隠れする八重歯が、あの頃から今に至るまでずっと変わらず可愛くて愛しくて、そう即答すると。
目の前の男はそれまで饒舌だった口をピタリと閉じ、急にしかめ面になり。
「あかん。夕方んアレは胸の高鳴りとちゃうかった。今こそ俺は高鳴りすぎて弾け飛びそうや」
なんて真面目な顔で言うもんだから、俺は思わず声を出して笑ってしまった。
【お題:胸が高鳴る】
「ほんまお前は不条理やなぁ」
隣に座っていた相手が突然そんなことを言うから、思わずスマホ片手に(不条理 意味)と検索しつつ「何が?」と返事をした。
不条理
[名・形動]
1 筋道が通らないこと。道理に合わないこと。また、そのさま。「不条理な話」
2 実存主義の用語。人生に何の意義も見いだせない人間存在の絶望的状況。カミュの不条理の哲学によって知られる。
(デジタル大辞泉より引用)
あかん、読んでもわけわからん。
「急にどうしたん?」
聞いてもそれ以降何も返してこない。
一体なんなのだ?と思い、言葉を発した本人を覗き込むと
「は?寝とんのかい!」
寝言だったとは。
しかしこいつの場合、1と2どちらの意味で言ったのだろう?
実存主義、なんて言葉、こいつそもそも知らんやろ。
じゃあ1か?筋道が通らない?道理に合わない?俺が?なぜ?
考えてもわからない、まず、考える必要があることなのかもわからない。気まぐれで発せられた寝言によって、なぜこんなにも真剣に考えなければいけないのか。
「は。これが『不条理』てことか?」
知らんけど。
【お題:不条理】
大抵のことは1人で対処しようとする。
本当にギリギリになるまで決してこちらには見せようとしない。
頼ってほしい、と何度も言おうとしては、どこか張り詰めた顔をしながらも気丈に振る舞うお前の顔を見る。
「大丈夫か?」
耐えきれず思わず口にした。
俺がそう問えば、こいつが「大丈夫」以外の答えを言わないことも分かっていたのに。
「なにが?てかお前、何泣きそうな顔してるん?」
優しく笑うお前を見て、いよいよこちらが泣きそうになる。
アホか。俺が泣いて何になる。
「大丈夫やで。お前には俺がおるからな。」
それはこちらのセリフだ、と言い返したかったのに言葉にならなかった。
(俺にはお前がおるから、泣かんで踏ん張れるんよ)
俺を見つめる優しい目が、そう伝えてきた気がした。
【お題:泣かないよ】
付き合ってない。付き合う気もない。それは事実。
だけど、こいつの側に居るのは心地ええし、触れ合うんも気持ちええし、好きかどうかといったら当然好きだ。
ただ、付き合ってないってことは、いつかくる別れもないってことで。
「いつ来るかも知れん別れが怖いから付き合わんってこと?」
そう。存外、俺は怖がりなんや。
【お題:怖がり】