テーマ『曇り』
「ひと雨来そうですね」
ふらりと訓練所にやって来た軍師は、兵士達の鍛錬を見て回ったのちにそう呟いた。
「そりゃ、こんだけ曇ってればな」
鍛錬の休憩で、その軍師の近くにたまたまいた俺は空を見上げる。「今にも雨が降り出しそう」という形容がぴったりの曇り空。戦いばかりで頭のいい方ではない俺でも分かる。
「ああ、それもありますが、私が言っているのはそういうことではなく」
「は?」
含みのある言い方に軍師の方を向けば、感情の読めない瞳が視界に入る。
俺は軍師というものが苦手だ。自分では戦わず策だなんだとあれこれ小難しいことをやったり、今みたいによく分からないことを突然言い出したりするところが。
「まぁ、大したことではありません。では、私はこれで」
そう言うと軍師は来たときと同じように、ふらりと訓練所から出ていった。何しに来たんだ。
「……意味が分かんねぇ」
その言い方に若干ムカつきはしたものの、頭のいい奴と口喧嘩をして勝てる見込みがないので言い返しはしなかった。決して負けた訳ではない。
このモヤモヤした気分は体を動かして吹き飛ばすに限る。
そう思って椅子から立ち上がったところで、雨が降り出した。
テーマ『bye bye...』
卒業式の日、担任の先生に告白した。
「先生、今までありがとうございました。好きでした」
先生に恋をして、しばらくして既婚だと知った。私の恋はあっけなく終わった。それでも、「好きだった」のは間違いなく、その思いは伝えたいと思った。
二人きりになってから言うつもりが、当然ながら先生はクラスの皆に引っ張りだこで中々そんな機会が訪れなかった。焦った私は、一緒に写真を撮りませんか、と誘って、離れる間際に言うことになった。
私の恋を知ってた友達は突然の告白にヒューヒューとはやし立てたが、先生は困った顔をしていた。
当然だ。先生にはもう別の好きな人がいて、結婚までしていて、なのにこんな子供から「好きでした」なんて言われたら困るに決まっている。
そのことに気づくとなんだかとんでもなく恥ずかしくなって、告白したときより顔が熱くなるのがわかった。
「さ、さようなら!」
先生の返事を聞く前に、そう言って逃げ出した。
あれから月日が経って。私は結婚した。
新居への引っ越しの準備をしていたら、あの日先生と撮った写真が出てきた。恥ずかしさと懐かしさが込み上げてくる。
少し迷ってから、写真は実家に置いていくことにした。
――さようなら、私の初恋。
テーマ『開かずの扉』(『君と見た景色』は時間がないので過去のストックから投稿)
うちには「開かずの扉」がある。
……なんて言うと大げさだが、単に鍵をなくしただけの物置だ。
なくしたのはもう何年も前で、探すのはとっくの昔に諦めている。本来なら業者を呼ぶなりなんなりして開けるべきなんだが、物置だけあって普段の生活では使わない物を入れている。つまりは開かなくても別に困らない。というか、もう中に何が入っているのかすら覚えていない。
……というだけの開かずの扉。
庭を通りがかると、物置が鎮座しているのが目に入る。
いつか開けなきゃな、と思いつつもそのまま通り過ぎた。
テーマ『手を繋いで』(青空文庫記法のルビ使用。|漢字《ルビ》)
私には手がない。当然だ。AIなのだから、まず肉体と呼べるものがない。
自動運転プログラムとして私は開発された。車は人が運転するものではなくなり、AIによる自動運転が主流となっていた。ハンドルすらない車が人を乗せて目的地へ向かう。そんな光景が当たり前になっていた。
そんな中、私が搭載された車は珍しくハンドルがあるタイプだった。購入者は齢100歳を超える老人。人生150年時代と言われるだけあって足腰はしっかりしている。
老人はよく自らハンドルを取ってドライブをしていた。孫と遊ぶ時などは私に任せることもあるが、ハンドルを握るときは鼻歌を歌ったりして上機嫌になる。
人間による運転時、私はアシストモードになる。人間は間違いを犯す生き物だ。子供が道路に飛び出して来るようなら急ブレーキをかけたり、アクセルとブレーキを間違えたら即座に止めたりする必要がある。
だが、老人の運転はとても上手かった。そのことを褒めると、かつて車の競技に出ていたと言う。検索を行うと、確かに老人の名前が出てきた。
「あまりいい成績は残せなかった」と老人は朗らかに笑っていたが、私が参考にしたくなるほどの高い運転技術を持っているのは間違いなかった。
「今日もよろしく頼むよ」
『はい。よろしくお願いします』
今日も老人は私と手《ハンドル》を|繋ぐ《握る》。
それはまるで、紳士が淑女をエスコートするように。
テーマ『どこ?』
「寒すぎる……春はどこに?」
天気予報で昨日から分かっていた事とはいえ、出勤のために外に出たらあまりの寒さに独り言をこぼした。
もう3月も終わりだというのに雪まで降ってきている。分厚いコートにマフラーを巻いて手袋もつけ、まるで真冬のような格好だ。
そのくせ花粉は元気に飛んでて目が痒くなる。そんなところで春を感じさせるんじゃない。
凍えながら歩いている途中で、コンビニに寄る。お昼の弁当を買うためだ。作った方が安いのは分かっているが、面倒くささがいつも勝っている。
温かい店内に少しほっとして弁当コーナーに行くと、いつも買っている一つを手に取ってレジに並ぶ。レジ横にイチゴのお菓子が並んでいた。ポップな装飾で春限定と書かれている。
ああ、春か。
これも手に取った。