テーマ『大好き』
俺は戦うのが好きだ。
次の瞬間には死ぬかもしれない緊張感、刀を振るって敵を斃す高揚感、そして勝利の達成感。
乱暴者でしかなかった俺を召し抱えてくれた殿には感謝しかない。戦は刀を振るうだけではないと、勉学も教えてくれた。共に戦う、仲間もできた。
戦いの果てに、平和な世が訪れた。殿の夢だった。もちろん俺も喜んだ。戦の頻度が減ることに物足りなさを感じないと言えば嘘になる。だが、宴会の席でどんちゃん騒ぎをする殿と仲間を見ているうちに、この平穏もいいかと思えた。
それから十数年が経って、殿が死んだ。病だった。俺は人目もはばからず泣いた。涙が枯れ果てるまで泣いてからやっと気づいた。
俺は戦うのが好きだ。でもそれ以上に、殿のことが大好きだった。
テーマ『叶わぬ夢』
「叶わぬ夢、となったか」
病床に伏せった夫がポツリと呟いた。少しうとうとしかけていた目を開く。「そんなことないわ」。そう言うのは簡単だ。でも夫を蝕む病魔は国一番のお医者様でも匙を投げるほどで、日に日にやせ衰えていく姿を見てもなお言えるほど、私は楽観的にはなれなかった。
「すまない。起こしてしまったな」
「謝ることじゃないわ」
少しかすれた声が、夫の残り時間の少なさを表しているようだった。
夫はこの国の、民の平和を願っていた。戦のない世を目指して、父から受け継いだ国を守るために戦った。戦って戦って、私という妻を娶って、子を授かって、また戦って。そうしてある日、病に倒れた。
「息子たちに、戦のない世を見せたかった」
私の助けを借りて、上体を起こすと窓の外に目を向ける。春の日差しが心地よく、庭には桜の花が咲いている。
だが、きっと夫にはその更に向こうの、戦乱の世が見えているのだろう。
テーマ『花の香りと共に』
雑貨屋に行ったら懐かしいものを見つけた。香り付きのシール。子供の頃、よく使ったなぁ、と思うとなんだか懐かしくなって1セット購入した。
手帳に1枚貼って少し擦る。ふわりと花の香りがした。それと共に、中学生の甘酸っぱい思い出が蘇る。
「ねぇ、お花の香りがするシールだよ! いい匂いでしょ〜」
「うん、いい匂い」
「他にも色々あるから、次の交換日記に貼ってあげるね」
「ありがとう」
今思えば、あまり興味がないのに話に付き合わせてしまったのではないか、とちょっと申し訳ない気分になる。まぁ、彼もカードゲームの話をよくして「ちょっとついていけない……」と思っていたのでお互い様だ。
彼とは中学を卒業するまでに別れてしまったが、今は何をしているんだろう。案外家庭でも持っているのかもしれない。私のように。
テーマ『心のざわめき』
陣所に戻り、椅子に腰掛けて一つ息をついた。
策の準備は着々と進んでいる。毎度の事ながら、人の意表を突くというのは難しい。だが、殿に軍師として抜擢されたからには期待に応えてみせねば。それに、若輩者である自分を快く思わない古参の将軍たちにも、この戦で少しでも認めてもらう必要がある。
今回の策はかなり大掛かりなものとなった。敵軍に悟らせる訳にはいかないので偽情報を流したり、向こうの内情を探らせたりしているが、どうにも心がざわつく。何が見落としがあるのでは、と策を見直したり、あちこち見て回ったがどこにも問題はなかった。心配しすぎか、と休憩のために陣所に戻ったところだった。
では、このざわめきはなんだ。軍師としての勘だとするには、あまりにも曖昧としている。まさか今になって臆病風に吹かれたわけでもあるまい。
「軍師殿! こちらに居られましたか!」
バサリと音を立てて兵士が一人入ってきた。まさか何かあったのかと椅子から立ち上がる。
「父君からの書状になります」
予想外の言葉に一瞬呆気に取られるが、すぐに差し出された書状を受け取った。兵士は一礼をすると陣所から出ていった。
――書状にはこうあった。「母が危篤。今すぐ戻れ」と。
テーマ『君を探して』
ふとした瞬間に君を探している。それは仕事からの帰り道だったり、スーパーでの買い物中だったり、家でのんびりくつろいでいるときだったり。
でも本当は探す必要はないと、分かっている。
――君との子供達は無事に巣立っていったよ。寂しくなるなぁ。
仏壇に飾られた写真立ての中で、君は今日も笑っている。