「助けにきましたよー」
怪我をしていた私の目の前に来たのは、屈託のない笑顔の優しそうなお兄さんだった。
お医者さんだと言う彼は手際よく応急処置をしてくれて、その笑顔が素敵だな……ってちょっと思ったの。
そんな出会いから、偶然を重ねること数回。
おっちょこちょいな私は何度も彼の手をわずらわせてしまって、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
仕事外でも会って話すことが増えてきて、大切な縁だなって思っていた。
そんな彼。
今では隣で一緒に過ごす人です。
色んな縁が繋いでくれて、紡いでくれて未来(いま)がある。
無防備な笑顔が私を捕えた。
「どしたの?」
「うーんと、しあわせだなって思いました」
彼の目を見てそう答えると、彼は少し視線を逸らしたあと、私を優しく抱きしめてくれた。
おわり
五五九、時を紡ぐ糸
この前、恋人から見せてもらった紅葉の写真。
雲ひとつない青の中に、燃えるような赤い色の山々は今の季節にしか見られないもので、とても惹かれたんだ。
本当は一緒に見たかったと言ってくれたのが、一層嬉しくなる。
だから仕事仲間に紅葉がきれいなところを聞いて実際に歩いてみていた。
彼女が見せてくれた赤い道ではなく、黄色い落ち葉が絨毯のようだった。
きれいな道だなぁ……。
視界にぼんやりと入れた瞬間にそう考える。
すると、彼女に見せたいって思って、自然とスマホで写真を撮っていた。
ああ。
彼女もそう思って撮ってくれたんだな。
それが嬉しくて、胸が暖かくなった。
おわり
五五八、落ち葉の道
「あ」
「わ」
チャリンと落としてしまったバイクの鍵。
恋人の足元に落ちたから当たり前のように拾ってくれる。
ふわりと柔らかい微笑みをしながら鍵を向けようとするけれど、突然キュッと鍵を握りしめて背中を向けた。
かえして。
言いにくくて言葉に詰まっていると、 彼女はチラリと視線を向けてくれた。
眉間のシワも八の字にし、口元を尖らせている。
あ、可愛い。
って思っちゃダメなんだろうけれど、こんな表情すら愛らしい。
「もうちょっと、一緒にいちゃ……ダメですか?」
あまりにも可愛いもんだから、ダメって言えないよ。
おわり
五五七、君が隠した鍵
誰かと一緒なのは楽しい。
ひとりでいるより、誰かと遊んでいたい。
特別な誰かは作らないで、みんなといる方がいい。
そんなふうに思っていたんだけどね。
特別な人ができてしまった。
ひとりの時間は本当になくなって、みんなといる時間も少しづつ減って、彼女といる時間が増えた。
手放した時間はあるんだけど、それでも。
隣で俺に身体を預けて無防備な寝顔を見せてくれる彼女を見ていると、それでもいいって思ってしまった。
おわり
五五六、手放した時間
お仕事で出張という形で普段行かない所へ行った。
その帰りは少し違う道を通ることになり、車を走らせていく。
枯れて黄色くなった木々を通り抜けて行くとグラデーションのかかった紅の山々が見えた。
「ふわぁ……」
思わず車を端に寄せて停車してしまった。
ナビを見てみると、近くに駐車場があるみたいなのでそこに向かった。
駐車場には私以外にも、この場所を目的とした人がいた。
それも分かる。
空の下には赤く染った山は息を飲むほど美しい。
私はスマホを取り出して撮影した。
私の目と心に記憶するしているけれど、どうしても撮影したかった。
本当ならここに連れてきて一緒に見たい。
私も仕事、彼も仕事だからこの季節限定のキレイな赤を見るのには無理があった。
仕事の帰りだけれど、ほんの少しだけ時間をもらってしっかり撮影する。
この景色を記憶してこの空気を伝えつつ、記録して映像を見せたいの。
大好きな彼に。
おわり
五五五、紅の記憶