誰かと一緒なのは楽しい。
ひとりでいるより、誰かと遊んでいたい。
特別な誰かは作らないで、みんなといる方がいい。
そんなふうに思っていたんだけどね。
特別な人ができてしまった。
ひとりの時間は本当になくなって、みんなといる時間も少しづつ減って、彼女といる時間が増えた。
手放した時間はあるんだけど、それでも。
隣で俺に身体を預けて無防備な寝顔を見せてくれる彼女を見ていると、それでもいいって思ってしまった。
おわり
五五六、手放した時間
お仕事で出張という形で普段行かない所へ行った。
その帰りは少し違う道を通ることになり、車を走らせていく。
枯れて黄色くなった木々を通り抜けて行くとグラデーションのかかった紅の山々が見えた。
「ふわぁ……」
思わず車を端に寄せて停車してしまった。
ナビを見てみると、近くに駐車場があるみたいなのでそこに向かった。
駐車場には私以外にも、この場所を目的とした人がいた。
それも分かる。
空の下には赤く染った山は息を飲むほど美しい。
私はスマホを取り出して撮影した。
私の目と心に記憶するしているけれど、どうしても撮影したかった。
本当ならここに連れてきて一緒に見たい。
私も仕事、彼も仕事だからこの季節限定のキレイな赤を見るのには無理があった。
仕事の帰りだけれど、ほんの少しだけ時間をもらってしっかり撮影する。
この景色を記憶してこの空気を伝えつつ、記録して映像を見せたいの。
大好きな彼に。
おわり
五五五、紅の記憶
眠りの海から浮かび上がる。
目をこすりながら、身体を起こした。
さっきまで幸せな気持ちだったような気がする。
どんなだったっけなー?
胸があたたかくなったんだよね。
楽しかったような、嬉しかったような。なにより幸せだなって思ったような。
どれもぼんやりとした断片的な夢だった。
欠伸をしながら身体を伸ばし、スマホを手に取って通知がないか確認すると夢と同じような温かさが胸に広がる。
どうしても目が離せなくなったあの子からのメッセージがそこにあった。
おわり
五五四、夢の断片
心臓がバクバクとうるさくて、目の前にいる職員さんの説明が聞こえないよ。
そんな思いが聞こえたのか、隣で同じ説明を聞いてる彼が私の手をキュッと握ってくれる。
それで意識が戻り、彼を見つめるとふわりと優しい笑顔をくれた。
「あの、大丈夫でしょうか?」
説明してくれていた職員さんが不安そうに私たちを見つめる。
「あ、すみません。大丈夫です、続けてください」
「すみません」
彼が職員さんを促すと、同意するように謝罪した。
彼の手が包んでくれる指先があたたかくて、また緊張しそうだけれど。でも職員さんの話をしっかり聞いた。
職員さんとの対応が終わり、書類を提出してからふたりで役所を出る。
私と彼の指にはお揃いのプラチナリングが輝いていた。
「これから、よろしくね。奥さん」
「はい、よろしくお願いします。旦那さん!」
おわり
五五三、見えない未来へ
迷いを抱えたまま、角を曲がるとビル群の隙間にたどり着くと頬に冷たい風が吹き抜ける。
「うわ、寒っ」
身体の底から震え上がる冷たい風に驚いた。
頬にあたる風でようやく外気が寒いことに気がつく。
そんなことにも気がつかないくらい、ずっと迷っていたんだな。
認めたい心と、認めたくない心と、でもやっぱり認めたい心。
頭が冷えていく中で目が冴えていった。
この先、俺はどうしたいんだろう。
そんなことを考えながら俺はまた歩みを進めた。
おわり
五五二、吹き抜ける風