私の大好きな恋人は救急隊員です。
人を助けるために走り回っています。
とても誇らしい仕事です。
それでもね。
彼のお仕事は安全な仕事ばかりじゃない。
怪我をする恐れもあるんだ。
実際に怪我して帰ってきたことも、入院したこともある。
だから、毎日心で祈ってる。
家でご飯を作りながら彼の帰りを待つ。
スマホを覗いても何もメッセージは来ていない。
毎日不安になるけれど、私は信じてる。
玄関から鍵が開けられる音がして私は振り返る。
そのまま走って向かうと扉が開いて、大好きな彼の姿が目に入った。
「ただいま!」
太陽のような笑顔が私に向けられて胸が熱くなる。だから精一杯の笑顔で彼に飛びついた。
「おかえりなさい!!」
おわり
五四六、祈りの果て
どうしよう。
どうしたらいい。
迷いに迷ってる。
俺はここ来てから、特別な人を作る気なんて無かった。それなのに彼女は俺の心にするりと入ってくるんだよ。
迷ってる。
いや、迷っているのか?
彼女が笑う姿を思い出すだけで胸が締め付けられる。
誰かに取られてもいいのかと聞かれると、嫌だ。そんな気持ちが溢れて仕方がない。
ふぅと息を吐く。
内側から熱いものが吐き出される。
このまま〝迷い〟も出ていけばいいのに。
おわり
五四五、心の迷路
すっかり肌寒くなった季節。
この寒暖の差で風邪をひいてしまった、俺が。
「ご、ごめんね」
しわがれたすんごい声になった俺の言葉を聞きながら、一緒に住んでいる恋人が首を横に振る。
そのままテーブルの上に温かい飲みものが置かれた。
この匂いは紅茶かな?
覗いてみると不透明で、ミルクティーにしてくれているようだ。
俺はティーカップから紅茶をすする。
少し渋みのある紅茶は牛乳でおさえられていて……あと、これは蜂蜜かな。あと舌にピリッとする。
飲み込むと蜂蜜の甘さが広がっていく。
紅茶は痛みがあった喉を緩やかに通り過ぎて凄く飲みやすい。
喉が渇いていたから一気に飲み干してしまった。
「おいしい!」
「良かったです」
ふわりと微笑んでから、タオル俺の首に巻いてくれる。
ミルクティーを飲んだ後、内側から温かく感じた。
「声がヒドイから温めてくださいね」
そう言いうと、俺の前にあったティーカップに紅茶を作ってくれる。
降ろした生姜を入れ、最後に牛乳と蜂蜜をたっぷり入れてかき混ぜた。
「今度はゆっくり飲んでくださいね」
ことん。
俺を心配した彼女の想いがいっぱい込められたティーカップが置かれた。
おわり
五四四、ティーカップ
疲労困憊の中、たまたま会えた気になる女の子。
軽く談笑してから「じゃあまた」と手を振って別れた。
おかしいな。
さっきふたりで、あまい、あまぁい飲みものを飲みこんだのに。
さみしくて、ちょっと苦いや。
おわり
五四三、寂しくて
疲れる。
疲れた。
さっきまで二人の女性から「デートはいつ行く?」とか、「ダーリン!」とそれぞれ言われて来た。
〝遊びに行く〟
それくらいなら別にいいんだ、友だちだし。
でも彼女たちは違う〝好意〟という名前を付けて俺に向けてくる。
周りも面白がって誰を選ぶ?
誰とくっつく?
どっちが好み?
と、みんながはやし立てる。
個人と会うだけで、「いつデートに行く?」「いつ周りに挨拶行ってくれる?」と言われた。
からかっているのも分かってる。
あんなのチョけてるだけだもん。
でも、そんな気持ちをぶつけられることに少し疲弊してしまったんだ。
人に振り回されるのは嫌いじゃないんだけどな。
根本的に、人の面倒を見るのが好きなんだ。人を助けたいから医者になったんだもん。
だから、それでも別に良かったんだけれど。
二人ともさ、俺の言葉を聞いてくれないんだよね。
ずっとこんなのだから、精神的に疲れて一人になると出会うんだ、彼女に。
「こんばんは。……お疲れですか?」
俺の顔を見て不安そうに声をかける彼女。
よく怪我をして、助けてあげる子。好きな色、好きなものが被っていて仲良くなっていた。
彼女は本当におっちょこちょいなのか、不運に巻き込まれる体質なのか本当によく怪我してる。
挨拶をしていくうち、彼女を守りたい気持ちが湧いたんだ。
そんな彼女から紡がれる「大丈夫ですか?」の言葉。
なんだか、心が軽くなった気がしたんだ。
「あ、うん。大丈夫。ありがと」
俺がそう伝えたけど、彼女は首をかしげながら眉間に皺を寄せる。パッと何かを思い出して荷物の中から何かを取り出して俺に差し向けた。
それは甘い炭酸の缶飲料が二つ。ラベルにはクリームソーダ味と書いてあった。
クリームソーダは俺と彼女が好きなもののひとつ。
「あげます」
「え?」
「差し入れしようと思って持っていたんです、クリームソーダ味!」
俺は思わず受け取る。
ごめん、クリームソーダと言われるとつい、ね。
「あ、じゃあ乾杯しない?」
俺はもらつた二缶のうちの一缶を彼女に渡す。彼女はどうしようかなと考えていたけれど、笑顔で受け取ってくれた。
プシュッとプルトップを開けてからふたりで缶を当てる。
「「乾杯」」
そう同時に言い合うと、缶に口を当てて喉に流し込む。
メロンソーダの微炭酸なのにミルキーで、それがより甘かった。この甘さは疲弊した身体と心にやたら効いた。
「おいしい!」
「うん、おいしい。ありがと」
彼女は俺の顔を見たあと、歯を見せながら屈託なく笑う。
「良かったです!」
そんな普通のことなのに、俺には嬉しかった。
この甘さは、クリームソーダ味の飲みものの甘さ……だけなのかな。
おわり
五四二、心の境界線