風と共に愛しい彼女の歌声が聴こえる。
歌詞が分からないのか、鼻声でラララと唄う。それには寂しさを含んでいた。
出会いがあれば別れも当然ある。
俺なんかは医者を生業としている以上、別れなんて身近だ。
でも、俺の恋人は〝別れ〟を受け入れるのに時間がかかる。別れは彼女の心をえぐってしまうから、俺は彼女のそばにいるしかできない。
でも彼女の気持ちも分かるんだよね。
俺の場合は、それこそ彼女を喪うなんて絶対に耐えられそうにない。
今の俺にとって一番大事な生命は彼女と自分自身だ。
俺の立場じゃ、生命に優劣をつけちゃいけないのは分かってる。それでも俺が俺であるために譲れないものだ。
歌声に誘われて彼女の隣に座る。
別れは寂しいよ。だからこそ、俺はそばに居るね。
おわり
五一五、LaLaLa GoodBye
「ただいまぁ!!」
「おかえりなさいー!!」
家に帰ると恋人が玄関に来て俺に飛びついてくれた。柔らかい温もりが嬉しくて彼女を抱きしめる。
迷いもなくギューッと強く抱き締めてくれるのが嬉しい。
毎日同じようなことをしているけれど、癒されるからやめられそうにない。
彼女からマイナスイオン出てるんかな。
花が咲いたような笑顔を向けてくれる。
俺は嬉しくて胸が暖かくなった。
こんな普通な時間がどこまで続けばいいな。
おわり
五一四、どこまでも
今日のデートはドライブデート。
彼女と楽しく話しながら、俺が運転している。
急いで救急患者に向かう時だけじゃなく、その場所を把握するためにこの都市の道を把握したい。
知らない交差点や知らない場所を少しでも減らしたくて時々休みの日にドライブをしていた。その練習に彼女が付き合ってくれている。
「どこか行きたい場所ある?」
「うーん。あ、テニスしませんか?」
「オッケー、テニスができるところに向かうね」
「ヤッター!」
軽やかな声が耳に入って俺も嬉しくなる。
頭の中にある地図を考えて、テニスができる場所に車を走らせた。
未知の交差点をひとつでも減らすために。
おわり
五一三、未知の交差点
数日前に、彼女の職場先でもらった一輪のコスモス。
俺たちの家には花瓶がないから、透明のグラスに水を入れて差していた。
俺たちはどちらかと言えば青系が好きなふたりだから、コスモスの色合いは珍しい。
それでも、花が部屋にあるのは心を華やかにさせてくれる。それは彼女も同じだったみたいで、切り花がどうしたら長く咲くのか調べていた。
少しずつ短くなったコスモスはしおれかけていて、少し寂しく感じる。
だから今日は帰りに一輪の花を買って帰ることにした。
――
「ただいま!」
「おかえりなさい!!」
いつものハグをした後に居間に向かうと、コスモスがキリッと背筋を伸ばして色合いが変わっていた。
俺は自然と笑みを浮かべてしまう。
「同じこと、考えてたみたいだね」
そう言いながら彼女の前に一輪のコスモスを差し出した。
おわり
五一二、一輪のコスモス
少しずつ気温が下がって、木の葉の色が褪せてきていた。
そんな色の街路樹を、俺は彼女の手を取って歩いていく。
「過ごしやすい季節になったね」
「はい!」
満面の笑みを向けてくれる愛しい彼女。
薄着の多かった時期から、軽く羽織ってくれるこの時期はちょっとだけホッとする。
彼女の視線は、横切るお店に書いてある季節の食べものに移っていた。
「何か食べる?」
「食べる!!!」
えらい食い気味な返事に笑いが込み上げてしまう。
食べ歩きができそうな季節限定のクレープをみっつ分買って公園で食べることにした。
カボチャ、栗、さつまいも。
選べなかったんだよね。俺じゃなくて彼女が。
ふたりで分けて食べていくんだけれど、口いっぱいに頬張る姿はやっぱりハムスターみたいだな。
「んん?」
俺の視線に疑問を持ったのか、無垢な瞳で俺を見つめて首をかしげる。
やっぱり食べ物を口に含んだ彼女は愛らしさが増して可愛らしい。
やっぱり、いっぱい食べる君が好き。
おわり
五一一、秋恋