ダブルベットに横になった私と恋人。
私は彼の身体を後ろからぎゅっと抱きしめる。
「うお!?」
腕だけじゃなくて足も使って彼を……ほとんど捕縛に近い。
「え。俺、動けないよ」
「……」
私は彼何も返事をしない。
彼は何もしてないの。別に悪いことしてない。
私のこと大切にしてくれるし、毎日帰ったらぎゅーってしてくれるし、何も悪くない。
ただ耳にしただけなの。彼のことを格好良いと言う女の子たちの言葉を。
それで私の心が少しささくれてしまっただけ。
「ねえ、せめて俺もそっち向かせて」
なだめるような優しい声。
「だめです」
でも、私は鼻がつまったくぐもった声でそう答える。
今日はだめ。
「今日だけは許してください」
多分ね。
今あなたの顔を見たら、いっぱい泣いちゃう。
おわり
五〇六、今日だけ許して
ねえ、誰か。
もうひとりはイヤだよ。
私は手を伸ばす。
そこは空をきって何も掴めない。
胸の奥から悲しくて、寂しくて涙が溢れてくる。
やだ、ひとりにしないで。
お願い、誰か……。
「……うぶ!?」
なにか聞こえたような気がして、その瞬間手が暖かくなる。
誰かの声が聞こえて、私は意識を取り戻した。そこには焦った表情で私を見ている青年がいた。
彼は私を見るとホッとした顔をする。
「良かった、目を覚まして。大丈夫?」
その表情は私の胸に優しい明かりを灯した。
――
私はひとりが怖かった。
でも、今は平気。
あの時灯った優しい明かりは強く灯っている。
彼はお医者さんで、倒れた私を介抱してくれた人。私はおっちょこちょいだから、しょっちゅう彼のお世話になるうちに友達から、たったひとりだけの大切な人になっていた。
彼は私のそばにいてくれる人になってくれて。
私はもう、ひとりが怖くなくなった。
おわり
五〇五、誰か
遠い足音が聞こえる?
ううん、感じる。
これは愛しい彼だ。
身体の痛みを覚えて動くとテーブルの上に突っ伏して眠っていたと気がついた。
私が眠っていた場所は駐車場から近くて、車の音が聞こえてしまうこともある。
でもなんだろう。
これは彼だって直感的にそう思ったの。
痛む身体を伸ばすと玄関の鍵を開ける音がした。
やっぱり彼だ!
私は玄関の方に足を向ける。
でも不思議だな。
あの駐車場は他の人も使っているけれど、他の人の音は雑音のままなの。でも彼の足音はどれだけ遠くても感じられる。
「ただいまぁ」
「おかえりなさいー!」
私は彼に飛びつく。彼の身体を抱きしめるとその温もりに安心を感じて不安な気持ちが薄れるから毎日ハグしてるの。
やっぱり、私にとって彼が特別だから、だよね。
そんなことを思いながら、私は彼を強く抱き締めると同じように抱き締め返してくれた。
おわり
五〇四、遠い足音
外はほんのり肌寒くなって、美味しい食べ物が増えてきた。
俺の恋人は食べ物を本当に美味しそうに食べるから食べさせがいがある。
でも正直一番秋を感じるのはね。
「患者さん、減ったなぁ」
そう。
いなくなった訳じゃないけれど、それでも圧倒的に減ったよ。熱中症の患者さん。
これが秋の訪れを一番感じるんだよねぇ。
もう少し心地いい気候が続いて欲しいな。
なにより、彼女に季節の美味しいものを沢山食べさせたいんだ。
おわり
五〇三、秋の訪れ
「あせったよー」
「だってびっくりしちゃったんですもん」
ついさっき。
意を決して恋人にサプライズで渡したフェルト生地のジュエリーボックス。中に入っているのはダイヤのはまったプラチナの指輪で、もちろん彼女の左手の薬指のサイズに合わせたもの。
それを彼女に渡した直後、ピタリと止まって泣き出すから、てっきり嫌なんだと思った。
だから渡した直後に謝罪しながら取り上げようとしたのに、「嫌じゃない」と言われホッとしてしまった。
彼女に渡したジュエリーボックスから指輪だけを取り出し、彼女の左手の薬指にはめる。
彼女は口を開けたまま、きらきらした瞳で指輪がはまった左手を見つめていた。
「これからも一緒に歩いてくれる?」
俺の言葉にハッと意識が戻り、俺を見上げる。そして花が咲いたような満面の笑みを俺に向けてくれた。
「もちろんです!!!」
おわり
五〇二、旅は続く