恋人に気持ちを込めてプレゼントを贈った。
ダイヤモンドがはまったプラチナのリング。もちろん彼女の左手の薬指にピッタリのやつを。それがどう言う意味が分からない……はずないと思うんだ。
彼女はびっくりしたまま、呆然として動かない。
え。
まさか、嫌だったかな。
鼓動が早くなって、その音が耳にダイレクトに響く。
びっくりしているだけだと思うんだけれど、大丈夫だよね?
ばくんばくんと耳に直接聞こえる音ともに不安で視界から色が消えていくみたいだった。そして身体の底から震えが込み上げてくる。
そして、彼女の瞳から綺麗な雫がとめどなく流れ落ちて俺は更に驚いた。
「ご、ごめん、そんなに嫌だった!?」
慌ててフェルト生地のジュエリーケースを彼女の手から取ろうと手を伸ばすと、彼女は慌てて俺からジュエリーケースを遠ざける。
「嫌じゃないです!」
その声に引き寄せられて彼女を見つめる。
柔らかな表情じゃなくて、あまり見た事の無い、キリッとした強い眼で俺を見つめていた。
「嬉しいです、いちばん欲しかったものです。絶対に返しません!!」
彼女の大きな瞳から更にぽろぽろと涙が溢れ出す。そして俺を正面から抱きしめてくれた。
「私、ずっとずっと欲しかったものです」
その言葉を聞いて安堵し、身体中から力が抜けた。
「良かったぁ……」
俺も彼女を抱きしめ返した。
おわり
五〇一、モノクロ
「これ、あげる」
そう言って恋人に渡したのはフェルト生地て覆われた手のひらに収まるジュエリーケース。
彼女は嬉しそうにそれを受け取ってくれる。
パカリと開けるとダイヤがはまったプラチナの指輪が入っていた。
「これ……」
「受け取ってくれる?」
ちなみにサイズは事前に聞いています。
そりゃサプライズに出来たらいいけれど、指輪ってサプライズにしにくいでしょ。
色々な想いが重なって、彼女と家族になりたいって思ったんだ。
永遠なんて、ないけれど。
それを君に誓えるなら、この指輪を渡す意味って絶対にあると思うんだ。
おわり
五〇〇、永遠なんて、ないけれど
俺は恋人の涙にとても弱いです。
彼女は幼さが残ると見せかけてそんなことない。実は芯が強い。泣き虫だと本人は言うけれど泣く時はちゃんと理由がついてくる。
俺は、そんな彼女の涙に弱い。
彼女が俺の前で涙を見せる時は、俺が怪我をしてしまった時だから。
心配させてしまった時だから。
救急隊員として救助をしていれば危険が伴う時はある。気を抜いたり、予想していない時に上手く対処できなければ怪我だってする。
彼女の涙を見たくは無いから、怪我をしないように訓練を繰り返す。
何度も何度も。身体に染み込むまで何度も。
付き合い始めた頃にうっかりしたことで怪我をしてしまった。その時に、大きな瞳からこぼれ落ちる涙に肝を冷やした。
こんな泣かせ方は絶対にダメだと思った。
おわり
四九九、涙の理由
たまたまオシャレな喫茶店を見つけたので休憩がてら入って恋人と入ってみることにした。
入ってすぐにコーヒーのいい匂いが鼻をくすぐる。
テーブルに案内されて改めて周りを見てみると色々なコーヒーカップが飾られ、格好いいコーヒーメーカーから淹れたてのコーヒーの香りがしていた。
「もしかして、コーヒー専門店かな?」
「そうかも、ですね」
小さい声で囁きあう。と言うのも、俺も彼女も甘いものが好きで、あまりコーヒーは得意ではなかった。
メニューを見ていくと色々書いてあって、何が何だか分からなかった。
それを察したのか、店員さんが俺たちのテーブルに来て微笑みを向けてくれる。
コーヒーが詳しくないことや、あまり飲んだことがないことも伝えると、初心者にも飲みやすい豆で、カフェオレをおすすめしてくれた。
俺と彼女は店員さんのおすすめとケーキのセットで注文する。だってケーキもさー、自家製で作っているって聞いちゃうと食べたくなるでしょ?
彼女とふたり、コーヒーとケーキをのんびり待つ。
コーヒーを作る時のコポコポとした音、コーヒーの香り、ゆっくりとした音楽。椅子も柔らかくて座りやすいから、ぼんやりしていると眠ってしまいそうなくらいだ。
なんて言うか、五感全部で過ごしやすいを感じてしまう。
「これは……居心地良すぎて危険ですね」
「うん、俺寝そう」
彼女はくすくすと笑いながら縦に首を振ってくれる。
喫茶店の感想を言い合っているとカフェオレとケーキがテーブルにそれぞれ並んだ。
彼女と目を合わせて、カフェオレから口に含む。
ふたり同時に目が開く。
コーヒーってただ苦いって思っていたけれどそんなこと無かった。もちろん苦味はあるけれど、これくらいならいける。
なにより牛乳でまろやかで少し甘さを感じて本当に飲みやすい。
「美味しいね」
「はい。私、これなら飲めます!」
ケーキをつつきながら、カフェオレを楽しむ。
やばいな、この喫茶店。
居心地があまりにも良過ぎて、折角のカフェオレが冷めてしまいそう。
おわり
四九八、コーヒーが冷めないうちに
パッと目を覚ますとそこはいつもの天井……? じゃない。
見覚えのある天井だけど、ここは俺の〝今住んでいる部屋〟の天井じゃない。
どういうことだ?
俺は立ち上がってサッと支度して外に出る。広がるのは見知った場所。
場所なのに、何か違う。すれ違った人達に見覚えがない。
何か嫌な予感が溢れて仕方がない。
俺はスマホを取り出して連絡帳をスライドして見ていく。
あれ?
真っ先に会いたい恋人の名前が見つけられない。
冷たいものが背中に流れ落ちる。
名前で検索しても見つけられない。
そんなはずない。
俺はスマホの写真ホルダを見つめると、彼女だけ見つけられない。
瞳を閉じれば満面の笑みを向けてくれる愛しい彼女が浮かぶ。元気な声、やんちゃに笑う姿。時々見せる憂いのある表情。
全部、全部。俺が覚えているのに!!
ここは……。ここは〝俺の知っている世界〟じゃない。
俺はバイクに乗ろうと駐車場に向かう。いつも使っている愛車と共に、彼女と思い出のバイクを探す。
俺の大好きなクリームソーダの色合いに改造してくれた。炭酸をイメージしてラメを入れてくれて、余りハデにならず、クリーム感も上手く表現している。
駐車場を見回していると、そのバイクが見つけられた。心の底から安堵する。
このバイクは彼女がメンテナンスをしてくれた、俺にとっては大切なもの。
バイクを撫でると金属なのに、どこか温かみを感じる。
彼女との思い出のものがここにある。
他になにかないかとバイクを見ていく。座席シートを開けると、手紙が入っていた。
手紙を開けて見ると見慣れた文字でメッセージが書かれていた。
〝早く帰ってきて。あなたに会いたい〟
と。
おわり
四九七、パラレルワールド