パッと目を覚ますとそこはいつもの天井……? じゃない。
見覚えのある天井だけど、ここは俺の〝今住んでいる部屋〟の天井じゃない。
どういうことだ?
俺は立ち上がってサッと支度して外に出る。広がるのは見知った場所。
場所なのに、何か違う。すれ違った人達に見覚えがない。
何か嫌な予感が溢れて仕方がない。
俺はスマホを取り出して連絡帳をスライドして見ていく。
あれ?
真っ先に会いたい恋人の名前が見つけられない。
冷たいものが背中に流れ落ちる。
名前で検索しても見つけられない。
そんなはずない。
俺はスマホの写真ホルダを見つめると、彼女だけ見つけられない。
瞳を閉じれば満面の笑みを向けてくれる愛しい彼女が浮かぶ。元気な声、やんちゃに笑う姿。時々見せる憂いのある表情。
全部、全部。俺が覚えているのに!!
ここは……。ここは〝俺の知っている世界〟じゃない。
俺はバイクに乗ろうと駐車場に向かう。いつも使っている愛車と共に、彼女と思い出のバイクを探す。
俺の大好きなクリームソーダの色合いに改造してくれた。炭酸をイメージしてラメを入れてくれて、余りハデにならず、クリーム感も上手く表現している。
駐車場を見回していると、そのバイクが見つけられた。心の底から安堵する。
このバイクは彼女がメンテナンスをしてくれた、俺にとっては大切なもの。
バイクを撫でると金属なのに、どこか温かみを感じる。
彼女との思い出のものがここにある。
他になにかないかとバイクを見ていく。座席シートを開けると、手紙が入っていた。
手紙を開けて見ると見慣れた文字でメッセージが書かれていた。
〝早く帰ってきて。あなたに会いたい〟
と。
おわり
四九七、パラレルワールド
さすがに離してもらえない……か。
俺の仕事は救急隊員で、まあそれなりに危険な仕事もある。
今日の仕事はとにかく忙しくて、いつもは返せるメッセージの返事を返せなかった。いや、それどころか残業まであって全然連絡ができなかった。
ようやく連絡して、家に帰って、ご飯食べてお風呂入って、と。日々の生活通りに過ごして眠ろうかとなってから、抱きついて離してくれなくなった。
それから時間はどんどん経って時計の針が重なる。それでも俺に抱きついて離れない。
いや、俺は嬉しいけれど、なんでこうなったかを考えると素直に喜びづらいな。
普段の彼女はこんなふうにはならない。俺に迷惑をかけないように気を使ってくれる。
でも、今日は違う。
彼女にとってトラウマ的なものを踏んでしまったのかもしれない。
自分が危険な仕事をしているからこそ、彼女への連絡はしていたんだ。
俺が生きている証に。
でも今日はそれが出来なくてこんなに心配させちゃった。
「ごめんね」
彼女の顔は見えないけれど、俺の身体を抱きしめてくれる。
俺は彼女の頭を優しく撫でてから抱きしめた。
「俺はここにいるよ」
おわり
四九六、時計の針が重なって
「僕と一緒に行かない?」
そう、仲の良いお客さんからお出かけのお誘いを受けた。
まあ、お客さんからの縁だけれど、少しプライベートも話せるようになった異性のお友達だ。
私は視線を泳がせて回答に困惑する。いや、私も少しはプライベートを話すけれど、恋人がいるとまで話してはいなかった。
「二人きりならだめ」
どう回答しようか悩んでいると、私の後ろから聞き慣れた声がして胸が高鳴る。私を誘ってくれた人も驚いて〝だめ〟と聞こえた方に振り返った。
そこには満面の笑みを浮かべる恋人が立っていた。
「ダメってなんで?」
「俺が許可しないから」
私は不安な視線を彼に送ると、彼は優しい瞳で私を見てから頭を撫でてくれる。
「許可?」
隠している訳じゃなくて話すタイミングが無かっただけだから、これがそのタイミングだと思うことにした。
疑問の声と同時に私へ視線を向けられると私は応えるように笑った。
「二人きりだと彼の許可いりますね」
その言葉だけで大体察したようで、友達は首を縦にゆっくり振りながら「あ〜」と頷く。
「私の恋人です」
「彼氏です」
「ごめん、そりゃ許可いるね」
おわり
四九五、僕と一緒に
ほんの少し前まではカンカン照りで、強い日差しにうんざりしていた。
ゲリラ豪雨も最近は減っていて、季節の移ろいを肌で感じていた。
そして今日の空には分厚い雲。
「太陽がないのは寂しいけど、これはこれで過ごしやすいね」
そう言って恋人が私に手を差し伸べてくれる。
その優しい笑顔が私にとって太陽なんですよ。
それを言葉にはしないけれど、嬉しくて彼の手を取って隣に立った。
汗もかかないから、そばにいやすくていい季節になりました。
おわり
四九四、cloudy
今、一緒に働いてくれる友人は、一度この都市を黙って居なくなった。
ただ、居なくなるだけなら〝またね〟で済んだ。
でも友達は、それすらさせてくれなくて、私の心にぽっかりと穴が空いたの。
無理した笑顔で無理矢理ふさいで、見ないふりしていた。
そして何ヶ月も経って初めて知る、顔見知りだった人達の訃報。
ただ、お客さんで来てくれた人達だった。
友達とは違って、近い距離の人達じゃないけれど、私にとっては印象に残った人達だったの。
その時、ハリボテで塞いだ心の穴はいとも簡単に剥がれ落ち、最初の穴より一気に広がって私の心を締め付ける。
それは熱い涙になって頬をつたう。
ひとつふたつ落ちるんじゃなく、ボロボロと流れ落ちた。
その涙を拭う。
『花を手向けに行こう』
みんながそう言って花を贈る。
それだけで少し心が落ち着いた。
こうやって自分の中で一人目の人は〝区切り〟をつけられた。
もう一人をどうしようかなと思っていた時。
彼がその人のお墓を教えてくれると言ってくれた。
彼と一緒にお墓参りをすることになったのだけれど、彼が手を合わせる時にその後ろにいた。
ただ彼の背中を見た時に、何か違うものを感じたの。
振り返った時に笑顔でいてくれたけれど、目尻に赤いものや、いつもとは違う表情の固さを感じた。
亡くなる時も近くにいたと聞いた。
もしかしたら、少し特別な関係の人だったのかな。
みんながお墓から離れていく中、私はもう一度お墓を見つめ直す。
虹の架け橋を渡ってしまったけれど、私でよければ彼のそばにいたいです。と、お墓のお客さんに願ってしまった。
後にその人が、彼にとって兄のように慕っていた人と聞いた。
恋人になった彼のそばにずっといようと、改めて誓った。
おわり
四九三、虹の架け橋