「結婚しよ。家族になろうよ」
一緒に暮らしていたとはいえ、少し唐突な言葉にびっくりしてしまった。
少し前に私は人が居なくなる事に悲しみを痛感した。
ただの分かれならいい。でもそれがもう二度と会えなくなるのであれば話は違った。
その人にとって私は大した仲ではなかったと思う。ただのお客さんだったから。
でも、私には大切なものを教えてくれた人だったんだ。
このことは恋人にも話してない。
いつかは話すかもしれないけれど、今は話せる気持ちはなかった。
でも、彼は何も聞かずに私のことを抱きしめて言ってくれたのがさっきの言葉だった。
「どう……して?」
「え、嫌?」
「嫌じゃないよ、嬉しい。でも急だからびっくりしちゃった」
彼は私を自分の身体に沈めるようなくらい強く強く抱き締めてくれる。正直、痛いくらい。
それでも気がつくんだ。彼の手が少し震えている気がした。
「手離したくないから」
その声に込められているものは、どこか悲痛なものが入っているような気がした。
私もあなたを手離したくないよ。
そこで初めて気がついた。
彼は救急隊という危険な仕事をしている。怪我もする。それはつまり彼自身も失われる可能性が他の人より高いということを。
その瞬間に私も身体の奥から冷たいものを感じて震えが込み上げてきた。
ああ、こういう答えにたどり着いたんだ。
「家族になりたいです」
私は精一杯の笑顔で彼に伝えた。
私は今日という日をきっと忘れない。
貰えた言葉もそうだけれど、彼の覚悟を感じたから私も応えたいと思ったの。
ありがとう、大好きだよ。
おわり
四六一、きっと忘れない
私の瞳は恋人を捉える。
彼は病院のベッドで横になり足を吊っていた。
「お見舞いに来てくれてありがとう」
そんなことを言うけれど、私の表情が笑っていないことに気がついたみたい。
私は彼と恋人になってすぐに、彼の仕事の先輩からこっそり言われたことがある。
『彼はさ、人を助けるために自分が怪我をすることを厭わないんだよね』
それは自己犠牲という結論だと分かった。
彼の仕事は救急隊で、人を助けることが仕事。
困っている人がいるとつい声をかけてしまって、仕事じゃなくても助けてくれる人。だって私との出会いもそういう感じだもん。
優しくて、優しくて。
今回の怪我は彼の咄嗟の行動で救助しつつも自分が怪我をしたと聞いた。
それを聞いた瞬間に、彼の先輩の話を思い出して〝ああ、こういうことか〟と思ったの。
救急隊として、それじゃダメだとも……。
しばらくして彼がびっくりして慌てる。
「な、なんで!? どうして泣くの?」
私はぽろぽろとこぼれる涙を止めることもせずに頬をふくらませながら彼に訴えた。
「あなたが自分を大切にしてくれないからです」
お願い。
もっとあなた自身を大切にして。
おわり
四六〇、なぜ泣くの?と聞かれたから
少し涼しくなったと思ったら、また暑い日々が戻ってきて、夏が終わる気配が見当たらない。
外に出るたびに思うんだ。
首筋に汗が滝のように流れ落ちる。
正面から来るのは熱風で、高い湿度がベタベタしてウンザリしてしまう。
「もう少し早く秋の足音が聞こえてもいいと思うんだよなぁ」
汗を拭いながら、俺は太陽を見上げた。
おわり
四五九、足音
明日は彼の誕生日だ。
真夏に生まれた彼に、毎年彼をイメージしたクリームソーダを作るようにしている。
彼の大好物だから、最近はクリームソーダを作るための材料や器具も増えていて万全だ。
今年はどんな感じにしようかな。
彼のイメージ動物をアイスに見立てたり、イメージカラーの炭酸を作ったりと色々毎年工夫している。
今年は太陽をイメージしたくてバニラアイスはまん丸になるように練習した。もちろん練習したアイスは私がおいしくいただきました。
誕生日の当日、クリームソーダを飲む時は少しだけ温度を上げる。
飲んでいて寒くなるようなことにしたくない。
なによりこの季節を感じられる……とはいえ、暑すぎない程よい温度を探して準備オーケー!
今年は少し酸味のあるレモンの炭酸は黄色いソーダ。その上にちょっと濃いめのバニラアイス。
今年は酸っぱさと甘さのマリアージュ? それをめざしてみた。
暑い夏でも心地よく過ごしてくれたら良いな。
昔はもう秋に向かっていたみたいだけど、天気予報を見れば猛暑日が続いていて、夏はまだ終わりそうもない。
その中で毎年彼が喜んでくれることに頭を悩ませている私がいる。
これがとても楽しくて、なによりも誰よりも幸せだ。
おわり
四五八、終わらない夏
部屋から見上げる空は青くて、私と恋人の好きな色が視界いっぱいに広がっていた。
「いい天気だなぁ」
私が小さくこぼすと、それを聞いていた彼が同じような角度に見えるように近くに来て空を見上げていた。
「本当だね。ドライブでも行く?」
「行きたい!」
ぽつりと呟いた彼の言葉にめちゃくちゃ反応して振り返ってしまった。
だってデートになるもん。
それに青空は私と彼を結びつけてくれたものの一つが〝好きな色〟だから、こんな空色を前より好きになったの。
私はもう一度空を見上げる。
遠くまで見える夏らしい爽やかな青空はとてもキレイで、思わず見惚れてしまった。
おわり
四五七、遠くの空へ