日々日差しも湿気も強い。
夏だし暑いらか熱中症の患者さんが増えるのは仕方がない。
救急隊の俺は、救助で出動し、戻ってきては休む間もなくまた出動を繰り返している。
仕方がない暑さだとは思う。
でも予防や準備は必要だ。
俺の恋人は冷房の効く場所で仕事をるわけじゃい。だから、仕事に入る前にはアイススラリーを口にすることや、仕事中もこまめに水分を摂るように言っている。
それでも彼女の勤めるお店の近くや、時々はお店のお客さんだったりと、出動要請があるんだ。
急に暑くなったからね。
そんな感じで、俺は日々疲弊していた。
その事が彼女にバレているのも理解している。最近、凄く優しい……というか甘いからね。
彼女が先に帰っていると夕飯の支度をしてくれていて、上げ膳据え膳をさせてもらっている。
涼しくなったら彼女を旅行に連れていきたいなー。
いつものデートじゃなくて、彼女が喜びそうなサプライズを考えたいな。
と、心だけでも逃避行しながら、出動要請された住所に近づいた。
さあ、頭を現実に切りかえよう。
確かに大変だけれど、人を助ける。
それが俺の仕事だ。
おわり
四二一、心だけ、逃避行
うちの天使はカーペットをはいずり、自由に動き回っていた。
リビングを縦横無尽にハイハイしては興味のあるものを手に取っている。
口に入れそうになったり、危ないものに手を出そうとしたらさすがに止めるし、そのために目が離せない。
天使の歩き回る姿は小さな冒険みたいで、色々見かけては目を輝かせている。
いや、本当に見てて飽きないなー。
色々と冒険をした後、天使の大きな瞳は俺を捉えて満面の笑みを向けてくれる。
うっ。
天使の微笑みとはこういうことだと言わんばかりの笑みをくらい、自然と胸を抑えてしまった。
天使は俺の反応が楽しく満足したのか、また他のところに目を向けて冒険に出ていった。
突っ伏しそうになるけれど、奥さんが帰ってくるまでは天使の冒険にとことんお付き合いさせていただきます。
おわり
四二〇、冒険
私の恋人は救急隊員さん。
先月末あたりから、熱中の患者さんが増えているみたいで、家に帰るとぐったりすることが増えた。
そんな中でも普通に救助する方もいるから、単純に出動回数が増えて常に緊張してヘロヘロになっているって言ってた。
それでも私に気を使って家事を分担してくれる。
私も仕事をしているから助かるけれど、日に日に顔色が悪くなっていて、どうしようもなく心配になってしまう。
無理、して欲しくないんだけどな。
今のご時世的にそれは難しいと思う。
それでも。
私は彼が帰ってくる前に夕飯の支度や、お風呂の準備をしておく。
それと彼の特別大好きなクリームソーダも。
帰ってきたら、「俺がやるよ」とは言ってくれるだろうと思うけれど。
私は、この休みがない時だからこそ、ゆっくり出来る時間を確保したいの。
この気持ち、届いてくれたら嬉しいな。
おわり
四一九、届いて……
家に帰って、着替えてからリビングに向かう。
今日は時間調整で午前上がりだったし、彼女の特攻がないから、まだ家に帰ってないんだろうな。
そんなことを考えながらアイスが欲しくて、冷凍庫を開けると銀のバットの中に冷凍用の保存袋。そこには俺の名前が付箋に書いてあった。
「なんだこれ?」
俺はその保存袋を確認すると、どうやらチョコレートアイスみたいだった。
もしかして、手作りしてくれたのかな?
俺は冷凍庫を閉めて首を傾げた。
どうしよう。
勝手に食べていいのかな?
そうは思うけれど、俺宛の付箋のメッセージだから多分大丈夫とは思うけれど。
うちには、ふたり揃ってクリームソーダが大好きだから、アイスが必ず冷凍庫に常備している。
だから、この暑さでアイスが欲しいと、いつもなるんだけれど……。
すると、ポコンとスマホに恋人からのメッセージが入った。
『お疲れ様です。家にチョコレートアイスがあるので、食べてくださいね』
うわー。
俺の彼女はメッセージのタイミングはいつも絶妙で、今日もこのタイミングでのメッセージが来て相変わらず神がかっているとスマホに向かって拝んでしまった。
もちろん、お礼のメッセージは忘れない。
お礼を送った後、保存袋から少しだけとアイスクリームディッシャーでデザート皿にポンと置く。
キラキラと輝くチョコレートアイスに視線を向けてしまう。あの保存袋に入っていたということは、多分手作りだよな。
というのも、彼女と関係性の距離が縮まるきっかけは、彼女の作ってくれたチョコレートアイスからだった。
俺はチョコアイスをひとすくいして口に運んだ。
ああ、思い出す。
初めてチョコレートアイスを貰ったのは、まだ彼女の強さに気が付かなくて、彼女を守らなきゃと思った頃の話だ。
すぐ怪我をしていて、見ていて不安になる彼女だったんだ。
今は彼女はそばにいてくれて、愛しいと思える存在になってくれた。
何口か食べていて気がつく。
初めて食べた頃より、味がまろやかになっていて……美味しくなってる。
俺のために美味しくなるように頑張ってくれたんだなと分かって、自然と口角が上がってしまった。
うん、美味しい。
おわり
四一八、あの日の景色
「ねえ、なにか私にお願い事はありませんか?」
突然恋人に言われた一言にびっくりしちゃった。けれど、今日は七夕だからそういうことかなと思い直す。
彼女は両手に拳を作って、ムンッと気合いを入れていた。
ああ、これは何がなんでも俺の願いを叶えようとするなあ。彼女はそういう子だ。
「うーん」
一緒に暮らして、彼女と沢山の時間を過ごしたから今パッと思いつかなかった……のだけれど。
俺は彼女の腰に腕を回して抱き寄せる。
「わわっ」
「俺の願い事は〜」
戸惑う彼女にドヤ顔で言った。
「これからも一緒の時間を過ごしてくれる?」
言われた言葉に、彼女はクエスチョンマークを飛ばした顔になっていた。
「それはお願い事になりませんよ?」
「え?」
「一緒にいるのは〝当たり前〟じゃないですか!」
首を傾けながら、きょとんとした顔で俺に返す。
彼女にとって、俺と一緒に過ごすことは当たり前だと言い切れる彼女の気持ちに胸が暖かくなった。
「じゃあ、今日の夕飯は手作りハンバーグ食べたいです」
「喜んで作ります!! ハンバーグはお願いに来ると思ったんで材料も買ってあります!」
一気に目がキラキラと輝く。クルクルと変わる彼女の表情が愛らしくて、彼女を抱きしめた。
びっくりしたのは分かったけれど、ゆっくり彼女も抱きしめ返してくれた。
――
本当はね。あるんだよ、お願いは。
〝いつか家族になってね〟
ってことだったんだけど。
これは自分の力で叶えるから、ね。
おわり
四一七、願い事