アパートの入口の上の隅に盃のような茶色いものがあった。
なんだろうと見入ってしまう。
しばらくすると、鳥が入ってきて中に入ると、中からもっと高い鳴き声が聞こえる。それも複数。
もしかして、赤ちゃん……雛鳥がいるのかな?
そんなことに気がついてから毎日、アパートの入口を見つめる習慣ができた。
どうやら五羽ほど雛鳥がいるみたい。
くちばしだけ見えるのがなんとも愛らしくて、毎日見ているのが嬉しくて。家に帰ったら毎日恋人に様子を話すのが日課になった。
それを聞いてくれる彼の瞳も優しくて、大好きな時間になっていた。
二週間ほど経った頃だろうか。
むちむちになった雛鳥たちは巣から溢れそうになっている。こんなにむちむちしていると落ちないか心配になっちゃう。
さらに数日経った頃。雛鳥たちが見えなくなっていた。
「え、落ちたの!?」
慌てて周りを見るけれど、落ちた様子はなかった。
しょんぼりしながら家に帰って彼にそのことを伝えると、彼は優しく私の頭を撫でてくれる。
「巣立ったんじゃないかな」
「あ、そうか」
「うん。それなら、また来年来てくれるかもね」
慈しみの瞳を私に向けて言ってくれた彼の言葉は私の胸に染み渡る。
そっか。
また来年来てくれるかもしれないんだ。
あの子たちじゃないかもしれないけれど、また来年会えるかもしれないと思うと嬉しくなった。
おわり
三七八、渡り鳥
この前美容院に行ったんだけれど、その時の美容院で使ってもらったシャンプーがあまりにも心地よくて思わず買ってしまった。
美容師さんからシャンプーの仕方から教えてもらって使ってみたら、やっぱり髪の毛がさらっさらになったの!
自分の髪の毛だけれど、触り心地良くて気持ちいい!!
シャンプーはもちろんだけれど、ドライヤーもスタイリング剤も大切なの。
この辺りは忘れそうと伝えたら、配信で教えてくれる動画も用意してくれていて、やってみたら本当にさらっさら!
当然、美容師さんほどって訳じゃないけれど、それでも違いがハッキリ分かるんだから凄いよね。
そんな感じで、上機嫌でいつものおかえりなさいのハグを恋人にすると、彼が頭を撫でてくれた。
それがいつもの撫で方じゃなくて、ずーっと撫でてくれる。
「ど、どうしましたか?」
「あ、ごめん。髪の毛、気持ち良くて……」
ほんの少しだけ、彼が頬を染めてそう言ってくれたから、結構高いし手間もかかっているけれど、頑張って良かった。
おわり
三七七、さらさら
「ふふふ〜」
ソファに座ってニヤニヤしていると、恋人が呆れた顔して私を見てくる。
「どうしたの、ニヤニヤして」
頬が緩んで引き締まらなくて、ずーっとニヤニヤが止まらない。
「だって嬉しいんだもん」
難しい書類を間違えずに書いて、大切な人達にお願いをして書いてもらって準備は万端!!
明日はこの書類を役所に提出する。
「そんなに嬉しい?」
そんな彼も嬉しそうに見えて、私の頬は更に緩んでしまう。
えへへ。
彼は私の頬を下から優しく持ち上げて、もにゅもにゅと顔をいじくる。
「ふにゃー」
「だって緩みすぎだよ」
「ふれしひの!」
頬から手を離して、ゆっくりと私を抱きしめてくれた。
明日、私は彼のお嫁さんになります。
大好きな苗字だけれど、この苗字は今日で……これで最後。
おわり
三七六、これで最後
俺、名前の呼び捨てってあまり得意じゃないんだよね。だから、あだ名を付けさせてもらって、あだ名で呼ばせてもらってる。
そんな中で、たったひとりだけ。
あだ名で呼べない人がいる。
あだ名で呼ぼうとは思ったんだよ。
でも、なんか違うって思っちゃって呼べなかったんだよね。
それとなく、彼女に呼び方を変えつつあだ名で呼んでもらおうかなって思ったけれど、それも上手くいかなかった。
彼女が俺の名前を呼ぶ。
それが嬉しくて、胸が温かい。
俺も彼女の名前を呼ぶ。
その声に、眩い笑顔を見せてくれる彼女を見ていると胸が苦しい。でもそれが嬉しくて愛おしいんだ。
おわり
三七五、君の名前を呼んだ日
ちょっと身体がダルくてウトウトとテーブルに突っ伏していた。
肩首が痛いのと重いのと、少し苦しいのと。
昨日はしっかり休んだし、出かける前に彼を構い倒したから精神的に落ち込んでいるという訳じゃないんだけれど。
「なんでだろう」
そんなことを思いながらスマホで気圧予報のアプリを覗くと爆弾マークが付いていた。
ああ、これだ。
この後、もっと雨が降るのかな。
天気予報を見ようと思ったのだけど、もういいや。
そんなことを考えながら目を閉じて意識を手放した。
しとしとと、やさしい雨音が聞こえて心地いい。
目を開けるとベッドで横になっていた。重い身体を何とか起こしてもう一度瞳を閉じると雨の音がやさしくて、耳だけは心地いい。
そう、耳だけね。身体がもっと重くて、あのテーブルで眠ったままなら、どうなっていたのかな。
ガチャリと扉が開き、愛しい彼が私を見つめる。
「起きてたんだ。大丈夫?」
そばに近づいてベッドに腰掛けてから私の身体を包み込む。彼の温もりが温かくて安心した。
彼はなにも言わずに、ただ抱きしめてくれる。
ああ、愛おしくて、落ち着く。
おわり
三七四、やさしい雨音