この都市の大きなイベントでたくさん人が集まってくる。俺は自分の職場のメンバーとイベントに足を運んだ。
「賑やかだな!」
あまり交流のない人たちも集まっている。本当に大きなイベントだ。それぞれがそれぞれでグループを作り集まっていた。
俺の仲間たちも、外で知り合いになった人達にも声をかけて少しずつ輪を広げている。
色々な人が集まって談笑している中でも、ハッキリ聞こえてしまう彼女の声。
思わず振り返って視線を送ると、彼女も職場の人たちと一緒に来ていた。楽しそうに笑っている。
その無邪気な笑顔が他の誰かに向いていることに、チクリと胸が痛んだ。
自覚……したくない。
目を閉じていたい、この気持ち。
蓋を無理矢理したまま、今日のイベントを楽しむ。それが百パーセントの楽しみ方では無かったとしても、今できる全力で楽しんでいたんだ。
遠くに聞こえる彼女の声を聞きながら。
――
「そんなこと、ありましたっけ?」
「あったよ、あのイベントのこと忘れちゃった?」
正面には恋人になった彼女がいて、俺の思い出話を聞いて疑問を投げてくる。
実際にあのイベントで話はしていない。けれど、俺は彼女を目で追っていた。
「えー、話してくれれば良かったのにー!」
「会社の人も多かったから話しかけづらかったの」
「そっかー……」
頬をふくらませながら、彼女は俺の肩に頭を乗せ寄りかかってくる。
俺も身体を彼女に傾けて、寄りかかりやすい体勢を取りながら彼女の肩を抱き寄せた。
「今なら話しかけてくれますか?」
彼女の声は俺に甘えているみたいで、そっと耳打ちしてくれる。その距離はあの時と違って耳元までに近い。
「そりゃ、今は大手を振って話しかけられる立場だからね」
もう遠くの声じゃなくて、遠いならそばに行ける距離の関係、だからね。
おわり
三三五、遠くの声
俺の前に落ちてきた花びらを、咄嗟に手に乗せた。
小さなひとひらの花びらに愛らしさと愛着を覚えて、ふと彼女の顔を思い出した。
「会いたいな」
でも、理由もなしに会うのもな。新しいクリームソーダを渡しに行こうか。
そもそも出勤しているのだろうか。
救急隊の仕事で会うにしても、彼女が怪我をしているから却下だし……。
「会いたい……な……」
つぶやく言葉は無意識で。ピンクとは縁のない彼女だけれど、愛らしさで彼女を思い出した。
あの笑顔が見たい。
彼女と話したい。
同じ時間を過ごしたい。
ひとひらの花びらと共に、落ちていく春の――。
おわり
三三四、春恋
かねてから同棲してお付き合いをしている彼女にプロポーズをしまして。心臓が飛び出すんじゃないかと思うほど緊張したけれど、優しい笑顔で「YES」の答えをもらった。
あああ、良かったぁ!!
一緒に住んでいて、子供の話もしている。もう少し広い家に引っ越そうかとも話しもしていた。
この状態で断られたら目も当てられないけれど、本当に安心した。
彼女と一緒の未来がいいな……。
と、ぼんやり思っていた未来図だけれど、彼女と一緒の未来を手にするために、俺はどうしたらいいのだろうと具体的な考えを持つようになった。
結婚もそのひとつ。
彼女との未来を実現するために、一歩ずつ歩いていく。
彼女のそばにいるために。
おわり
三三三、未来図
昼休憩の時間、少し暖かくなったこともあって外で食べようと外出した。
普段行かないお店に行ってみようと、散歩がてら歩いてみる。空気が甘い香りがして、春らしさを覚えた。
「ん?」
ふわりと花びらがひとひら俺の前を通り、ゆっくりゆっくりと落ちていくから手を伸ばす。
音もなく手のひらに落ちる花びらが可愛らしくて、何故か愛着を持ってしまった。
「……彼女に見せたいかも」
ポケットからティッシュを出してはさみ込む。
このままだと不安だから、メモか、スマホにはさもうかなとポケットを漁った。
スマホとティッシュにはさむと、自然と笑みがこぼれた。
「一緒に帰ろ」
おわり
三三二、ひとひら
「今度の休み、行きたいところある?」
俺がそう言うと、彼女がふーむ……考える。
俺たちは割とアグレッシブな方だから、外で遊ぶことも多い。
買い物行ったら、途中のゲームセンターで身体を動かすこともあるし、スポーツしに行くこともある。釣り好きだから、釣りに行くことも。
でも、最近の彼女は体調を崩すことが多くて、出かけるにしてもそんなアグレッシブなやつじゃなくて、のんびりしたものでいいかなと思っていた。
「休みの予定の前に伝えたいことがあります」
そう彼女が言って、ソファの上で正座をして俺を手招きする。言われるがまま彼女の前に正座してソファに座るともじもじしていた。
「どうしたの?」
「えっと……」
ふう。と、一息ついて真剣な顔で俺を見上げる。
「えっとですね。私、しばらく運動は出来なくなりました。この先は色々と不便もかけると思います」
「ん? どゆこと?」
彼女は視線を泳がせて泳がせて行くうちに顔がどんどん赤くなる。
「んと……うん、私、一人の身体じゃなくなりました。だから……」
え?
ひとりのからだじゃなくなりました?
目の前の彼女は顔を赤くしつつ、俺を見上げていて……ふわりと柔らかい笑顔を向けてくれた。
「赤ちゃん、できました!」
俺は思わず彼女を抱きしめていた。
ずっとずっと欲しかったもう一人の家族。
家族になってから、赤ちゃんが欲しくて頑張っていたから喜びが内側から溢れて弾け飛びそうだ。
「ありがとう!! そっか、体調悪かったのはつわり?」
「それもあるんだと思います」
おっと、あまり強く抱きしめちゃダメかな。
俺は抱きしめる腕の力を弛めつつ、それでも腕の中に収めたくて。正座していた足を崩し、彼女の身体を抱き上げてソファにちゃんと座らせた。そしてぴったり座って肩を抱き寄せる。
「嬉しいねぇ」
「はい、嬉しいです」
これから、家族が増えるんだ。
ふたりから、増えていく新しい家族を楽しみにしていたから、嬉しくて仕方がない。
「楽しみだねぇ」
「はい!」
家族が増える風景を想像して、俺は幸せだなと彼女を抱きしめた。
おわり
三三一、風景