「今度の休み、行きたいところある?」
俺がそう言うと、彼女がふーむ……考える。
俺たちは割とアグレッシブな方だから、外で遊ぶことも多い。
買い物行ったら、途中のゲームセンターで身体を動かすこともあるし、スポーツしに行くこともある。釣り好きだから、釣りに行くことも。
でも、最近の彼女は体調を崩すことが多くて、出かけるにしてもそんなアグレッシブなやつじゃなくて、のんびりしたものでいいかなと思っていた。
「休みの予定の前に伝えたいことがあります」
そう彼女が言って、ソファの上で正座をして俺を手招きする。言われるがまま彼女の前に正座してソファに座るともじもじしていた。
「どうしたの?」
「えっと……」
ふう。と、一息ついて真剣な顔で俺を見上げる。
「えっとですね。私、しばらく運動は出来なくなりました。この先は色々と不便もかけると思います」
「ん? どゆこと?」
彼女は視線を泳がせて泳がせて行くうちに顔がどんどん赤くなる。
「んと……うん、私、一人の身体じゃなくなりました。だから……」
え?
ひとりのからだじゃなくなりました?
目の前の彼女は顔を赤くしつつ、俺を見上げていて……ふわりと柔らかい笑顔を向けてくれた。
「赤ちゃん、できました!」
俺は思わず彼女を抱きしめていた。
ずっとずっと欲しかったもう一人の家族。
家族になってから、赤ちゃんが欲しくて頑張っていたから喜びが内側から溢れて弾け飛びそうだ。
「ありがとう!! そっか、体調悪かったのはつわり?」
「それもあるんだと思います」
おっと、あまり強く抱きしめちゃダメかな。
俺は抱きしめる腕の力を弛めつつ、それでも腕の中に収めたくて。正座していた足を崩し、彼女の身体を抱き上げてソファにちゃんと座らせた。そしてぴったり座って肩を抱き寄せる。
「嬉しいねぇ」
「はい、嬉しいです」
これから、家族が増えるんだ。
ふたりから、増えていく新しい家族を楽しみにしていたから、嬉しくて仕方がない。
「楽しみだねぇ」
「はい!」
家族が増える風景を想像して、俺は幸せだなと彼女を抱きしめた。
おわり
三三一、風景
先日、愛しい妻が新しい命を産んでくださりまして。入院を終えて本日、帰宅する予定です。
もうね、赤ちゃん可愛いの。
可愛くて可愛くて可愛くて仕方がないっ!!!
あと一時間くらいで病院に迎えに行くんだけれど……今すぐにでも出発できる状態になっていまして。
家の方も、ベビーベッドやら、赤ちゃんに必要なものは一通り揃えてある。
あと一時間なんだけれど、行ったら迷惑だよなぁ……。
ああ、早く会いたいな。
もちろん、愛しい妻にも会いたいんだけれど、あのぷにぷにの赤ちゃんにも会いたい。
君と俺……いや、俺たちの新しい生活が始まる。
本当に楽しみ!
おわり
三三〇、君と僕
この街に来た理由は一人になりたくないから。
だから、大切な人を作りたい。
そんな小さな夢を持っていた。
でも今は私には家族のような人、仲間。
そして誰よりも愛しい人と出会えた。
そういう意味では、私の夢は叶ってしまっていた。
恋人と一緒に住み、彼と過ごしているけれど新しい願いは特に思いつかない。
それでもいいとは思うけれど、どうなのかな。
そんなことを夕飯、彼に話してみた。
食べる手を止め、色々な方向に視線を送っていて私の話を真剣に考えてくれている。
彼が何かを閃いたようで、満面の笑みを向けてくれた。
「俺との未来は?」
「え!?」
突然の言葉に驚いてしまう。だってこの言葉って……言葉って……。
「私と一緒の未来を夢見てくれるの?」
少し不安に彼を見上げながら小さい声で言うと、困った顔で微笑んでくれる。
「俺は夢見てるよ」
その言葉に耳が熱くなった。もちろん顔も熱い。
「……夢、見ていいの?」
「俺との未来の夢、見てよ」
そういう彼の頬も少し赤くなっているように見えた。
ああ、大好き。
「うん!」
私の言葉に、彼も弾けるような笑顔をくれる。
彼と一緒に過ごす未来。
そんな夢へふたりで歩んで行こう。
そう、ふたりで決めた日。
おわり
三二九、夢へ!
最近、彼女が病院に来ない。
いや、病院に来ないと言うのはいいことなんだけれど……おっちょこちょいで、不幸体質な彼女。
彼女と出会ったばかりの時は、この街に来たばかりのようで、よく怪我をして病院に来て俺が診察治療していた。
俺もこの街に慣れてきたのだから、彼女もそうなのだろう。
この街に慣れてきたはいいけれど。
「元気かな……」
なんだろう。
あの子に会えないことが、こんなにも心に引っかかる。
おわり
三二八、元気かな
ひとりだった過去。
何をしても上手くいかなくて、みんなからもそう言われてきた。
そこから逃げ出したくて走ろうと決めた。
どんなことになるか分からない。
今の私を知らない人達の中に足を踏み入れよう。
そしてリセットするんだ。
そう決めた。
そう自分に約束した。
自分自身がひとりぼっちにならないために。
ひとりは……さみしいから。
――
あれから何年経ったかな。
私はこの街でひとりじゃなくなった。
家族のように抱きしめてくれる人達ができた。
大切にしたい仲間ができた。
「大丈夫?」
そう声をかけて手を差し伸べてくれるのは、たった一人しかいない私の最愛の人。
好きになった。
叶わないと諦めようとした。
でも、好きになってくれた。
今は彼が私の隣に居てくれる。
ねえ、小さい頃の私。
私、約束を守ったよ。
私はもう、ひとりじゃない。
おわり
三二七、遠い約束