トントントン。
私の心をノックする。
真っ暗なところにドアを叩く音が響いていた。
その音は優しくて心地いいから不思議に思ってしまう。
――
この都市に来てから、色々な人と出会った。
仕事が決まって、この仕事に楽しみを覚えて、人と交流が増えた。
笑顔が増えた……気がする。
うちの会社は、お客さん含めて何故か怪我人が多い。私自身も不幸体質なのか、巻き込まれ事故をもらうことが多くて病院に通っていた。
その度に私の怪我を治してくれていた先生。
困った時に優しくしてくれたのが、忘れられない。
他にも優しくしてくれる人はいるのに、その人だけ少し違うの。
車の修理に持ってきてくれて、少しづつ会話が増えてきた。
好きなものを聞いてみると、同じことが多くて、また差し入れしてくれるって言ってくれた。
『困ったことがあったら言って、力になるよ』
『力になるよ』
病院の先生だから、当たり前のように言う言葉。
……勘違いしちゃいそうだよ。
自分の部屋に帰って、瞳を閉じる。
深呼吸をして、静寂に身を任せると自分の心臓の音を感じた。
その中に暖かいものがふわりと灯る。
トントントン。
私の心をノックする。
心のドアを叩く音が響いていた。
その音は優しくて心地いいの。
ノックするのは誰?
うそ。
本当はあなただって分かってる。
あなたは誰にも優しくて、みんなに笑顔だから、私を見てくれるなんて思っちゃだめだと分かっているの。
でも、あなたが私の心の扉を叩くのを止めてくれない。
おわり
二九〇、誰かしら?
初めて出会った時は、困った患者さんだなって思った。
彼女自身は不幸体質なのか、しょっちゅう怪我をして俺の患者さんになっていた。
バイクが壊れた時、彼女の職場に行った。
「修理してくださーい!」
「はーい、あ!! いらっしゃいませー!」
俺だと気がついた時、声のトーンが一段上がり笑顔が本当に嬉しそうな顔になった。
今思うと、それが種だったのかもしれない。
「俺、水色が好きでさー」
「私もですー!!」
こんな些細なことが水やりになる。
「クリームソーダ、大好きなの〜。新しいのあげるね」
「わ! 嬉しい、私も大好きなんです!」
日を浴びて、芽吹いてくる。
彼女との交流はどんよりした気持ちが、涼やかな風が吹いてくるみたいだったんだ。
請求書に毎回書いてくれる、ささやかな一言。
どんどん彼女への気持ちが芽吹いていくんだ。
気がついちゃダメな気持ちの種が沢山撒かれて、沢山水やりしてもらって、沢山の太陽を浴びて、芽吹いていく。
恋という種が。
おわり
二八九、芽吹きのとき
だいすき。
だいすき。
だいすき。
彼のことが大好きなの。
暖かい温もりが私に触れてくれる。
それが嬉しくて、たまらないの。
私も彼に手を伸ばすと、その手を取って手のひらにキスしてくれた。
初めて彼と肌を重ねた日。
私は一生忘れることはできない。
それほど幸せな時だった。
おわり
二八八、あの日の温もり
ずるいんだよな、こういう時は。
彼女が眉を八の字にして俺を見上げてくる。
追い討ちに「ダメですか?」なんて言われて、ダメだなんて言えると思う?
ちょっとした恋人のわがまま。
普段はグッと我慢しているのに、今日はどうしても欲しいものがある。
健康的な意味で不安があるからダメって言ったらこれだよ。
余程欲しかったみたい。
ピンポイントで今みたいな小悪魔っぽい表情と仕草をする。絶対に自分の可愛らしさを理解して言っているよね?
やめてやめて、俺に効くから。
顔で好きになったわけじゃない。彼女の行動と心に惚れてしまった。だから外見で、そんなふうに言ったって……。
結論は最初から出ているけれど。
普通はダメって言わなきゃダメなんだけれど。
「もう、今日だけだからね!!」
「やったー!!」
パッと喜ぶ笑顔は誰よりも可愛くて、愛らしくて、愛おしくて。
白旗です。
可愛い君に勝てるわけない。
おわり
二八七、cute!
日記を書くのは得意じゃない。
三日坊主の私にはこういうのは向かないんだよね。
スケジュール帳はあるけれど、そこにメモをしても出来事を書くことは殆どなかった。
でもちょっとしたメモや、それに合わせてスマホに入っている写真を見ていると、彼と一緒に遊びに行ったことや、彼との出来事を思い出せる。
小さなことだけれど、この記録は記憶を呼び覚ます大切な記録で、記憶を呼び覚ます糸口だ。
「今度、どこかにちゃんと保存しよう」
できれば、ふたりで保存できる場所を作って、思い出を詰め込んでいきたい。
私たちの大切な記録。
おわり
二八六、記録