お風呂に上がって、ホカホカした身体をソファに座って涼んでいた。
彼女はテレビを付ける訳じゃなく鈴虫の鳴く秋をイメージした音を彼女のスマホから再生する。
ただ静まり返っているわけでもなく、季節の音に合わせたBGMは心地よくてソファに身体を預けて瞳を閉じる。
「ああ、いいねぇ……」
「いいですよね。会社でこんなBGMがいいよって話になって探してみました」
彼女は髪の毛を拭きながら水の入ったコップを二つ置いた。
「ありがとう」
「いいえ。お風呂上がりですから、水分取ってくださいね」
「うん」
俺は近くに置いてくれたコップに手を取って、飲むと冷たい水が身体にしみ渡る。音楽も心地よいし、このまま眠りに落ちそうだった。
「寝ちゃダメですよ」
「バレた?」
「眠そうな顔してました」
さすがにバレておりますね。
彼女は立ち上がって髪の毛を乾かしに洗面所へ戻ると、俺は一人取り残された。
と言うか、俺も髪の毛乾かさなきゃな。
そんなことを思いながら、彼女がドライヤーを使い終わるのを待つ。
そういえば、BGMって季節に合わせて色々あるよなーと思ってスマホを取りだした。
動画サイトで検索してみる。秋の虫の声の他に、もう暖炉の焚き火の音があって驚いた。
「うわ、早いなー」
そんなことを思いつつも、気になるのでそれをタップして、彼女のスマホの音より少しだけ小さくして隣に置いた。
秋の鈴虫の声と、暖炉の火を弾く音が合わさってまた心地いい。
「わ、焚き火の音が追加されてる!」
ぼんやり聞いていると、髪の毛を乾かして、ふわふわになった彼女が戻って来ていた。
「もう、髪の毛乾かさないままウトウトしないでください」
「心地よくって……」
「それは分かりますけど……とりあえず、髪の毛、乾かして来てください」
「はーい」
俺はソファに根を張りかけた腰をあげて、髪の毛を乾かしに洗面台に向かった。
彼女を横目で見ると、俺のと自分のスマホを横並びにさせて、ソファに身を委ねている。
やっぱり心地いいんだろうな。
うーん、暖炉か……。
虫の声はここでも聞けるけれど、暖炉の焚き火の音はそういう訳にはいかない。
土地土地のルールがあって、当然俺たちの住むここでも暖炉は禁止されている。
俺はドライヤーで髪の毛を乾かしながら、ぼんやりと考える。
冬になったら、暖炉のある別荘に遊びに行ってもいいかな……。
あ、スノボやりに行ってもいいかも。
そう思うと、早く相談したくて、根元にドライヤーの風を当てて、急いで終わらせて彼女が微睡んでいる居間に戻った。
「ねえねえ、冬になったらこんなふうに暖炉の音、聞きに行かない? スノボやりに行く時にそういう別荘探してもいいし!!」
「ふえ!?」
突然、居間に入ってきた俺の声に驚きながらも、ちゃんと考えてくれる。そうして楽しそうと思ってくれたようで、ぱあっと輝く笑顔を向けてくれた。
「いいですね! 行きたいです!!」
実際、スノボじゃなくても、彼女と暖炉の火をぼんやり眺めるとか、のんびり話をするとか、そんな時間だっていい。
もう少し先になるけれど、冬の到来が楽しみになった。
おわり
一八五、冬になったら
謎解きゲームに職場のメンバーで行くことになった。急な話だったから、一緒に住んでいる彼女にメッセージを送ろうとスマホを取り出す。
『ごめん。今日、職場のみんなと遊ぶことになったから遅くなるかも』
メッセージを送ると、そんなに時間をおかずに返事が返ってきた。
『分かりました。うちの職場でもそんな話が出たので遊びに行きますね。気をつけて行ってきてください』
最後の一言が嬉しくて顔がニヤついてしまう。俺も同じ気持ちだと伝えたくて、『そっちもね。楽しんで』と返事をした。
「おーい、行けそう?」
「問題ないー!」
声がかかったから、返事をする。誰かの車で行こうかなと思ったけれど、帰りが手間になるから、各々の車かバイクで移動することになった。
俺はバイクに跨って会場に向かう。会場はとあるお店。何度か謎解きゲームをした実績のあるお店だから、店に着くまでのワクワクが半端なかった。
店に着いてみんなで集まって受付をすると、後ろの方から聞き覚えのある声が耳に入った。
「あれぇ! 救急隊の人達やんかー!!」
振り返ると恋人の勤め先の社長さんと他にも……ってことは……。
少し背伸びして社長さんの後ろにいる人達を確認すると楽しそうに笑っている恋人の姿を発見した。
やっぱり!!
彼女も俺を見つけて驚いた顔をしていた。そして、周りが盛り上がっている中、自然に俺のそばへ来てくれる。
「謎解きに来たんですね」
「そう。なんか行きたいねーって盛り上がっちゃって……」
「私たちのところもですよ」
そう、小さく話していると、受付している謎解きのゲームマスターである店主が提案をする。
「この人数だし、チーム戦にしたらどうかしら?」
「面白そう!!」
「ほな、会社でチーム分けやな!」
会社ごとのチーム分けとなり、周りが楽しそうに盛り上がる中、俺たちはお互いをちらりと見つめる。
「はなればなれですね」
「今度、別の謎解きがあったら一緒に行こう」
「はい!!」
そして、彼女は俺に軽く手を振って職場のみんなの元へ戻って行った。
頑張るぞー……と意気込んだ後に気がついた。
俺は彼女と謎解きに行ったことがある。ぽやぽやして頭の回転が悪いように見えていて、そんなことはない彼女。あの時の謎解きを解いたのはほとんど彼女で……。
やばい!
知恵を捻り出さないと絶対に勝てないぞ!
今度は役に立つぞと自分を鼓舞して、チームメンバーの元へ戻った。
おわり
一八四、はなればなれ
「おっとぉ……」
バイクに乗ろうと駐輪場に行ってみると、タイヤの隅何かがいた。身体を屈めて見ると恐ろしく小さなにゃんこが数匹、身体を寄せあって震えていた。
その姿に胸がきゅっとなった。
「どうしたんですか?」
俺の後に家を出てきた恋人が俺の肩越しに子猫を見つめた。
子猫の様子に驚いた彼女。それはそう。
多分、生まれてそんなに経ってない。ここにいたらおそらく死んでしまうだろう。
俺は彼女を見つめると彼女の瞳の中にも強い意志を感じられた。彼女も動物が好きな方だ。きっと、同じことを思ってる。
「ごめん、家に連れてくよ」
「もちろんです!」
過去に動物を飼ったことがあるようで、この状況がマズイことは理解していたようだ。
俺が上着を脱いで猫たちを落とさないように包む。そのついでに、ここにいるのは三匹いるのが分かった。
一匹の衰弱が激しい。
「先に鍵、開けますね」
「ありがとう!」
家に帰ると、通販で使われたダンボールを作り直して、タオルを敷く。俺は一匹ずつ箱に入れてあげるけれど、一匹が動くことがなくてやばいと肌で感じる。命が抜けていくのを感じられた。
俺は立ち上がって、スマホから動物病院に連絡をした。
まだ早いけれど……出てくれ!!
その裏で、彼女はお湯を沸かして湯たんぽを作ってタオルの下に入れていた。
『はい、朝からどうしたの?』
俺は堰を切るように事情を話し始めた。
その後は、許可をもらったので子猫を動物病院に連れていく。結局、彼女にも全部突合せてしまったな……。
……あ!!
職場に連絡するのを忘れていたことに気がついて、背中に冷たい汗が滝のように流れる。
その表情を見た彼女がふわりと笑って背中をさすってくれた。
「大丈夫ですよ。私、事情を連絡してあります」
本当に気の利く彼女です。
子猫たちは、一匹は大変だったけれど甲斐甲斐しく世話をしたので、奇跡的に持ち直す。
引き取りたい気持ちはあったけれど、今回はたくさん話し合って見送ることにした。
縁があったとはいえ、生きものを迎えるのには覚悟がいる。覚悟がないわけではない。それでも今ではないと思ったからだ。
その代わりに、引き取ってくれる飼い主を必死で探して、良い人たちと巡りあわせられた。本当にホッとしている。
「ちょっと寂しいですね」
「うん……でも、ごめん」
いつか、動物を飼いたいけれど、今は彼女との時間を大事にしたかった。
俺は彼女とは将来を見据えている。
家族になって、家族が増えたら……いつかね。
おわり
一八三、子猫
今日はふたりでススキを見に来た。
奥さんになった彼女のお腹には、新しい家族が宿っている。家族が増える前に彼女をひとりじめしたくて、のんびりとゆっくりと秋の景色を見に来た。
ひとつ、風がふきぬけていく。
秋の香り、ススキ同士が触れ合って優しい音楽を奏でてた。
少しだけ冷たい風に、俺は彼女へ上着をかけると、柔らかい笑顔を向けてくれる。
誰よりも、誰よりも幸せな時間。
次は三人で。
おわり
一八二、秋風
夕方。
彼がバイクの修理に来てくれて、他に空いていなかったから私が対応した。
少し気になるっている彼だから、少しだけ嬉しくなる。
修理を手早く終わらせて、請求書にこっそり一言を添えて渡す。その後、軽く談笑しているとお客さんが来た。
他に空いている社員はいないから、残念だけれど謝罪する。
「あ、ごめんなさい。また会いましょ」
「……え? あ、うん」
きょとんとした彼の表情。少しだけ頬が赤く見えたのは夕日の色が混ざったからかな?
「うん。また、連絡するね」
彼が小さく頷いたあとに、眩いほどの笑顔を向けてくれて、胸が高鳴る。だからその気持ちを乗せるとつい頬が緩んじゃう。
「はい!」
彼からも〝また〟って言ってくれた!
彼はバイクに乗って帰る姿を見送ると、次のお客さんの対応に戻る。
「どうしたの?」
「なにがですか?」
「めちゃくちゃ嬉しいそう」
か、顔に出てた!!
おわり
一八一、また会いましょう