今日は病院の全車両のオーバーホールをすることになり、修理業者の白羽の矢を立てたのは俺の彼女が勤めている会社だった。
台数も多いから、社員のほとんどが来てくれたらしい。
救急隊で使う車もヘリも全部だった。
俺のメインで使っているヘリも不安を覚える感じだったから、このタイミングはありがたい。
「担当しますねー」
聞き慣れた声が耳に入って、振り返ると恋人が工具を持って近づいてくる。
「さすが俺の専属メカニック」
くすくすと笑いながら、近くに工具を置いてヘリの状況を手際良く見ていく。
彼女との出会いは俺の仕事関係だったけれど、彼女がこの修理屋で働いていると知って、頼るようになっていた。
最初は不安もあったけれど、どんどん頼もしくなって、気がついたら心惹かれて彼女。今は恋人になって一緒に住んでいる。
「随分、きてますよ。このヘリ」
「ちょっと無理させちゃったからね」
彼女はテキパキと作業を進めていく。その指で触れるヘリ。
「飛べなくなった翼、直しますね」
それを見る彼女の視線、その表情を俺は知っていた。慈しみを持つ優しい微笑み。
俺に向けてくれるものに近いけれど、俺の好きな表情。仕事に対して前向きに、誇りを持った視線。
「好きだよ」
「はい?」
ぽつりと呟いてしまった言葉。彼女の耳には届いてなかった。
「あ、ううん。家に帰ったら話すね」
うっかり、ときめいた気持ちを言葉にしてしまった。分かった、家に帰ったら全身全霊込めて伝えてあげよう。
そんな邪なことを考えながら、仕事をしている彼女を見守った。
おわり
一七九、飛べない翼
今日は観光地になった秋の風物詩を見に来た。
広大な土地にゆらゆらと動く、すすきの群生。その銀の穂は、太陽の光を浴びて金色に見える。
「綺麗ですねえ」
「そうだねぇ」
近くまで行こうかなと思ったけれど、想像しているより広過ぎるわ、葉が鋭そうだわと思ってやめておいた。
勇敢な観光客は、中に入って行っていた。背の高いすすきなんて自分たちと変わらないくらいの大きさだから、束になっていると少し迫力もある。
「晴れてよかったです」
「そうだね」
彼女は俺に身体を預けてくれる。彼女の重みはずっしりとして、大切な重みだ。
「来年は忙しくて見にこられないかな?」
「わかんないです」
彼女は大きくなったお腹をさする。その表情は慈しみを含んだ優しい微笑み。もう、ちゃんと〝おかあさん〟をしていた。
「意外と、元気過ぎて大暴れしているかもですよ」
「だったら、また来ようね。今度は三人で!」
来月の初旬に、俺は〝おとうさん〟になります。
すでに三人だけれど、彼女……奥さんをひとりじめできる、最後のデート……かな?
おわり
一七八、ススキ
俺の仕事は救急隊で、人を助けることが仕事だ。
緊迫感があって、精神的に参る時もある。だからこそ、普段はバカバカしいまでのくだらない話で盛り上がる。
背中に冷たいものが落ちるような緊張感が走ることだって多い。だからこそ、救助に行く前はストレスを減らしリラックスするように心がけていた。
今日もヒリついた現場で救助を行い、病院に戻ると緊張感が緩んだ。
「休憩入りまーす」
無線で他の隊員へ伝えると、それぞれの言葉で返事が帰ってくる。俺はその言葉を確認して、休憩所に入った。人は誰も居なくて、静かだから聞こえる無機質な機械音が響いている。
迷わず自販機に向かい、飲み物を買うと適当な席に座った。
「ちかれたー……」
誰もいないからこその大きな独り言。ペットボトルのキャップを開けて、一気に含む。
さっきの現場は、久しぶりにキツイ救助だったな……。
俺は目を閉じて、さっきの救助の状況を反芻する。
あそこはもう少し、出来たよな。
ああ、でもその後はいつもより早く対応出来たな。
次の現場に活かしたい。そう思うからこそキツイ時ほど脳裏に浮かべ、思考をめぐらせた。
「ふうー……」
だいぶ頭がパンパンになってきたな。
そんな時、スマホが震えた。なんだろうと覗いてみると連絡事項が回ってきていた。
読み終わって、スワイプしてホーム画面に戻した時、視界に入ったのは恋人の写真。それを見た時に心が軽くなった。
「あ、やっべ……」
いつも彼女から言われていることを思い出す。反省はしてもいい。でも、それで無理しないで、それで苦しまないでと。
自然と口角が上がる。
俺はもう一度スマホの画面を見つめた後、目を閉じた。深呼吸をするとパンパンになっていた頭が、冷静さを取り戻していくのが分かる。
「反省は大事。でも、やるなら冷静に」
俺は飲み物を口に入れてから、もう一度考えていった。
うん。
もう、大丈夫!
おわり
一七七、脳裏
今日は都市を巡回しようと、バイクに乗って恋人の勤める修理屋を通ると、聞き慣れた声が耳に入った。
俺はバイクを見て、点検をお願いしようとお店に入った。
「いらっしゃいー」
彼女ではない別の男性社員さんが担当してくれることになった。
彼女じゃないことは残念だけれど、他のお客さんの迷惑になるのも嫌だから、そのままお願いする。
彼女が俺に気がついて、軽く手を振ってくれるから、俺も返した。
どうやら今日は社長が居ない上に、出勤している人が多いのか、彼女はみんなのフォローに回っていた。
彼女と出会ったばかりの頃は頼りなくて不安も多かった。そこから頑張って、今ではみんなをフォローする側だ。
すると彼女は少し奥に入って、修理に使う素材を確認し作っていく。
「これあんまり使わないでしょ。作っても意味なくないですか?」
別の社員が彼女にそういうと、彼女は笑みを向けて返した。
「意味がないことなんて、ないですよー! いつ、どんな時に何が必要になるか分からないですし、足りなくなったらお客さんに迷惑かけちゃうから」
そう言いながら、彼女は足りない素材を作っていく。足りるもの、足りないものを確認しつつ、手際よく作業を進めていく。その表情は楽しそうに見えるし、それ以上に頼もしく見えて、俺にはそんな彼女が誇らしかった。
「はい、終わりました」
請求書をもらい、支払いを済ませる。店を出る前に彼女の近くにバイクを移動させて、彼女のそばに行く。俺の様子に気がついた彼女は手を止めて振り返った。
「格好いいよ」
「へ?」
俺の突然の言葉に目をまん丸にさせる。少し考えてから、ふにゃりとした俺の知っている可愛い笑顔を見せてくれた。
「へへ、嬉しいです」
うん、誰よりも格好いいよ。
おわり
一七六、意味がないこと
先日、恋人の彼と一緒に結婚式にお呼ばれした。
この都市に来て、誰よりも尊敬している人が幸せそうな笑顔を見られて、何よりも嬉しくなった。
大きな花束を花瓶に収めて居間のテーブルに置く。凛と咲く大輪のカサブランカの花束。これは、花嫁が私たちにこっそりと渡してくれたブーケ。
私はあの日にこっそりと彼が言ってくれた言葉を思い出す。
『こんどは、おれたちのばん』
ブーケを見て、私の口角が上がる。
次は、あなたとわたしで。
おわり
一七五、あなたとわたし