今日、僕はこの街を去る。
色々な思い出がある中で、この街にいることが少し辛くなってしまった。
仕事の転機に、この街を去ろうと決めたのだ。
最後に、彼女に会いに行く。
この街に来たばかりの時に、車の修理屋で対応してくれた女性。屈託のない笑顔、スマートな仕事さばき、請求書に添えられる優しい一言。
僕は彼女に恋をした。
でも、彼女は既に人のものだった。
「いらっしゃいませー、修理ですか?」
修理屋に行くと、彼女が出迎えてくれる。良かった。今日はシフトだったんだ。
僕は点検と修理をお願いする。彼女はいつものように仕事をする。手際の良い姿はやはり素敵だと思った。
胸がズキリと痛む。
「お待たせしました!」
時間が経ち、修理が終わって、請求書を渡してくれる。それを見ると、『いつもありがとうございます!』と書いてあった。
「こちらこそ、いつも修理をしてくれてありがとう」
そう伝えて支払いを済ませた。
とびきりの笑顔は忘れない。
僕は飛行場に向かう。
最後に見せてくれた、彼女の笑顔は忘れることは無いだろう。
どうか幸せに。
おわり
お題:君と最後に会った日
「わ! 綺麗ですね!」
青年が家に持ってきたのは一輪の硝子の花。
きらきらとして、光に反射してとても美しい。
「綺麗だよね。持って帰ってくるの大変だったー」
デパートで見つけた硝子細工。
その色合いが、以前彼女に贈ったネックレスの石に近くて、目を惹いたのだ。
土台のしっかりしたグラスに差して食卓に飾ると、恋人は硝子の花と同じくらい、きらきらした瞳でその花を見つめる。
硝子の花は自分たちが好きな水色の艶やかな花だった。
茎も丁寧で、花弁は細かく繊細に造られていて、変にぶつけたら簡単に壊れそうだった。
「今日だけここに飾って、明日はケースに入れて飾ろう」
「はい!」
そんなことを言いつつも、綺麗な月夜には出して見るのもいいかもしれない。
そうやって、ひとつひとつ彼女との思い出が増えるんだな。
青年はくすりと笑った。
おわり
お題:繊細な花
「どうしたの?」
「はい?」
「ぼんやりしてる」
「あ、ああ……」
思い出してしまった子供の頃のこと。
思い出したくないこと。
色々と考えていたら、ぼうっとしてしまった。
「えと……」
「うん?」
きょとんと恋人が見つめてくる。
過去のことは、なんとも伝えにくい。
だから伝えた。
「私、ここに来て良かった」
今度は驚いた表情を向けてくる彼。
その言葉の意味はきっと伝わらないと思う。でも、満面の笑みを向けてくれた。
ああ、無邪気なこの笑顔が本当に好き。
「俺もだよ。出会えて良かった」
迷わず正面から抱きしめてくれる。
「一年後どころか、これからもずっと、よろしくね!」
「ふふ、そうですね!」
でも、一年後か……。
確信がある。
ちらりと彼を見上げた。
彼といれば、しあわせだ。
おわり
お題:一年後
子供の頃のことは、あまり思い出したくない。
愛されなかったわけではないけれど、大人になるにつれて一人になり、どんどん居場所が無くなった。
だから、あの未来から逃げた。
逃げた先で、出会った人たち。
会社も、他でもかけがえのない出会いがあった。
なにより、彼と出会えた。
だから、しあわせな今がある。
「わたし、ここに来て本当に良かった」
おわり
お題:子供の頃は
今日も仕事が終わって、帰路につく。
ゆるい時はゆるいが、仕事本番は近著感が増す。それが救急隊の仕事だ。
今日も大変だった。
充実もしてるけれど、悩みだってある。
それが職場の日常だ。
さて、今日はどっちが先かな。
自宅からは、恋人の職場の方が近い。だけど盛り上がると帰りが遅くなるから、どちらが先に帰るか半々だった。
家に着くと、鍵を開けて、玄関の扉を開く。奥からいい香りがした。
今日は彼女の方が先に帰ったみたいだ。
奥の方から走ってくる足音。
「おかえりなさい〜」
その言葉と共に、飛びついてきてくれる彼女。俺も迷わずに抱きしめ返す。
「ただいま〜!!」
仕事で疲れていたけれど、これが心地よい。
「お仕事、お疲れ様です!」
「うん、君もお疲れ様!」
お互いを労る言葉から〝家の時間〟が始まる。
これが、俺の家の日常。
おわり
お題:日常