春を通り越して初夏を感じる今日この頃。
日差しはあれど、湿気がほとんどなく地味に過ごしやすい季節だ。
それでも――
「暑いですね」
「うん……」
そう。暑いものは暑い。
冷房をつけるほど暑いかと聞かれると、そうでは無いのだが陽射しの中にいるとじわじわと暑くなる。
「飲み物持ってきますね」
「ありがとう」
彼女がソファから立ち上がり、台所へ行くと心地よい飲み物を注ぐ音が聞こえた。
「今年初の麦茶でーす!」
ソファの前のローテーブルにお茶受けと共に細長いグラスに氷と麦茶が置かれる。
「ありがと」
「どういたしまして」
二人で一気飲み干すと、思った以上に水分を欲していたのだと理解した。
「もう一杯いりますか?」
「あ、俺が持ってくるよ。座ってて」
「はーい、ありがとうございます!」
青年は冷蔵庫にあった冷水筒を持ってくる。
透き通った琥珀色が季節をより近付けた。
おわり
お題:透明
もっと手際よくしたい。
もっと笑顔で対応できるようになりたい。
もっと安全性を保っていきたい。
もっと、もっと、もっと。
お互いの仕事のことで、どうなりたいか出し合う二人。
そして恋人が言うのだ。
「もっとあなたが安心できるお家を作りたい」
きょとんとした顔で彼女を見つめると、頬を赤く染めて笑った。
「俺もそうしたい」
ケンカしていても、どんな時でも寄り添えるように。
おわり
お題:理想のあなた
「やーだ!」
「こんなに汚れているんだから、ね!?」
玄関前で、大きなぬいぐるみを片手にした青年と、その恋人が大きな声をあげていた。
このぬいぐるみは、元は白いうさぎのぬいぐるみだったのだろう。だが、今は見る影もなく茶色いマーブル色をしていた。
「大事なんだもん、やだ」
「それは分かってるよ。でも、家にあってもどうにもならないでしょ。俺を信じて、ね?」
その言葉に動きが止まる彼女。
「その言い方は……ズルいです」
「うん、でも信じて欲しいな」
「わかった」
「ありがと。少しの別れだから。すぐ帰ってくるからね」
彼女をなんとか説き伏せて、家を出た。
腕には白いうさぎのぬいぐるみだったもの。
これをなんとかしないと。と、青年は考えながら職場に足を向けた。
それは今朝のこと。盛大に彼女が居間で転んだ。
転ぶだけなら良かったのだが、彼女が持っていたマグカップが、中身ごとソファと鎮座していたうさぎぬいぐるみにナイスショットをぶちかましていた。それはもう見事……いや、無惨なほどに。
白を基調にしたうさぎのぬいぐるみは、マグカップの中身――コーヒーの色に染まった。
いっそ、全部かかっていたらコーヒー色だと思えそうなものだが、今回は綺麗なマーブル色に染まってしまったのだ。
このシミを何とかしようと色々試行錯誤したのだが、素人には難しい。
この白いうさぎのぬいぐるみは、一緒に暮らす前から大事にしていたと知っている。
だから〝捨てる〟と言う選択肢は無かった。だが、離れ難い気持ちが先行したのだろう。持っていくことを拒否されたのだ。
それで気がついた。
彼女にプロに任せようと伝えただろうか。〝持っていくね〟だけしか伝えていない気がした。
「俺も説明が足りなかったのかも」
それは嫌がられても仕方がないと反省しつつ、〝俺を信じて〟の一言で、引いてくれた恋人に胸が暖かくなった。
青年は腕の中にいた、マーブル柄になったうさぎのぬいぐるみを持ち上げる。
「ちゃんと綺麗に、元通りにしてもらうからね」
後日、汚れ含めて綺麗になったうさぎのぬいぐるみが彼女の元に戻った。
突然だったが短い別れ。そしておかえりと微笑む恋人に安堵した。
「そのぬいぐるみ、大切になった理由を聞いていい?」
ふと聞いてみたくなった青年は恋人に言う。すると、頬を赤らめた彼女がイタズラっ子のような笑顔を向けた。
「だって、あなたに似てるんだもん」
おわり
お題:突然の別れ
自然と目で追ってしまうのは、いつからだろう。
同じ時間を共に過ごすと心が落ち着いた。
彼女の勤めるお店で修理をお願いする。その時に貰う請求書には、必ず優しい一言が添えられていた。その気遣いと思いやりが嬉しくて、思わず頬が緩む。
見ないフリした感情を見つめ直した。
立ち上がって天を仰ぐ。
さあ、始めよう。
俺の 物語を―――――
おわり
お題:恋物語
深い深い眠りの中。突然、何かがのしかかったような気がした。
ゆっくりと、でも優しく拘束されていく。その絡め取られる重さは彼を眠りの海から浮かび上がらせた。
重いまぶたを開けると目の前には愛しい恋人がいた。彼を布団の上から抱き締めたまま。
そんな彼女は瞳を閉じ、規則的な吐息。
くんと鼻を掠める。それは微かなお酒香り。
呑まされたのかなと彼は銀色の髪の彼女の腕を優しく外して、布団の中に入れた。
残業の上にお酒を呑んだのか。楽しくなって呑み過ぎているのは容易に想像ついた。
「おかえり。それと、お疲れ様」
お酒のせいか、ほんのりと赤くなっている頬を軽く撫でると、むにゃむにゃと愛らしい反応を返す。
起こしたかなと焦りを覚えるが、そのまま気持ち良さそうに眠りについていた。
これは起きないなと理解した彼は彼女を自分の腕の中に納めると、額に軽く唇を乗せた。
こんな遅い時間にお酒を呑んで帰って来るなんて、明日はお説教だな。
そんなことを思いながら、愛しい彼女を抱き締めて再び眠りの海に身を委ねた。
おわり
お題「真夜中」