「1000年先もずっと一緒にいようね」
そう誓い合ったのはちょうど一年前。最愛の妻の病状は更に悪化し、抵抗虚しく静かに息を引き取った。お気に入りのレストランに行った時も、天文台へ星を見に行った時も、妻は「これで最後ね」とよく悲しげに口にしたものだ。
妻は分かっていたのだ。己を蝕む病が徐々にその儚い生命の灯火をかき消そうとしている事に。なら、何故あの時「1000年先も」と口にしたのだ。1000年どころか、たった1年しか時間が無いと分かっていただろうに。
やるせない思いを胸に、重い足取りで病院の廊下を歩く。
「貴方宛にお手紙を授かっています。もしもの時は、彼に渡してくれと───」
看護師の方から受け取った紙は涙の跡に濡れていた。震える手でくしゃくしゃに折れた手紙を開く。
『1年先も、10年先も、100年先も、1000年先も私はずっと貴方と居たい。1000年かかってもいい。生まれ変わったその時に、また私は貴方に逢いに行く。だから"これで最後"なんて思わないで、貴方は次に進みなさい。今の人生を幸せに生きてね。PS 子供を産めなくてごめんなさい』
嗚呼、俺はなんて馬鹿なのだろう。"これで最後"と思っていたのは俺の方だったなんて。1000年もの間、君が追いかけ続けてくれるなら、俺は自信を持って先に進めるよ。
ただ、今は……今だけは。感傷に浸らせてくれないか。
暗くなった病院の窓から青白い月光が差し込んだ。額から流れる一条の光と共に、ただ静かに慟哭した。
どんよりと覆う憂鬱な曇り空の下、墓石の上に呆然と座る一人の少女の姿があった。
ぼくに気が付くと彼女は、ぱあっと笑顔を浮かべて帰宅を待つ子犬のように嬉しさを顕にした。
「また、来てくれたんだ」
「でないと寂しがるだろう、君は」
「そうだね〜。親を除けば毎年ちゃんと来てくれるのは君だけになっちゃったよ」
何でもなさそうに笑っているけれど、その笑顔の裏に隠しきれない程の寂しさを滲ませていた。寒さの残る2月上旬の風に、ぼくはぶるりと身体を震わせる。幽霊である君は、寒さなど感じたりしないだろうか。
「はい、これ」
毎回の儀式、一輪の「勿忘草」を受け取った。
「また来るよ」
「うん。待ってる」
次に来るのは、お盆。その時にぼくは「紫苑」の花を彼女に渡す事になる。
勿忘草の花言葉は、「私を忘れないで」
紫苑の花言葉は───。
「ぼくは貴女を忘れない」
夕暮れ時、日が沈む直前の黄昏。公園にあるブランコから、ギコギコと金属が軋む特有の音が響いてくる。あれは、小学生の時だっただろうか。初恋の女の子と放課後によく一緒に漕いでいた頃を思い出した。
あの頃の純真さはどこへ行ったのか。今のぼくは、片思いだった相手に振られ、上司にはミスを責められ、自分の不甲斐なさから目を逸らしたくなって公園へと赴いた。
土を払ってブランコへと腰掛ける。窮屈だと思えたのは、暗にぼくがもう子供じゃないと拒絶されているようで少し胸が苦しくなった。
何とか乗ってブラブラと手を引いて漕いでみた。ギコ、ギコ、ギコ……。
「ゆうちゃん?」
そこは、出張が続いて生まれ故郷から遠く離れた土地。耳に馴染んだその声は、まるであの頃の情景が鮮明に思い浮かぶ程に懐かしく愛おしい響きだった。
「さっちゃん……!?」
これは、幼馴染との再開の物語。