—分身—
宅急便で自分宛に何かが届いた。
誰から送られたのかはわからないが、とりあえず中を開けてみた。
「なんだこれ」
白くて丸い物体。真ん中に赤いボタンが付いている。
俺は、そのボタンを押してみた。
「え……?」
「やあ」
その物体はボタンを押した途端、変形して姿形が全く俺になった。
「何かしてほしいことあったら言ってくれ」
「……じゃあ、明日、代わりに学校行ってきてくれないか」
「わかった」
次の日。
もう一人の俺は、制服に着替えて家を出た。
少しだけ心配になったが、多分大丈夫だろうと思った。
俺には友達がいないからだ。
「いってきます」と母の声が玄関から聞こえた。
母は仕事の時間だ。
これでやっと一人きりになれた。
俺は思う存分ゲームをした。学校にいるよりもずっと楽しい。
気づけば俺が帰る時間になっていた。
「ただいま」
「おかえり、どうだった?」
まるで母の訊くようなことを言ってしまった。
「楽しかったよ」
「楽しかった?」
「うん。じゃあ俺、宿題するから」
もう一人の俺は自室に向かった。
楽しかった、という彼の言葉が引っかかっていた。
次の日。
今日は学校に行ってみることにした。
「おはよう」
一昨日までは全く話さなかった薮木に挨拶された。一瞬戸惑ったが彼の視線はこちらを向いている。
「おはよう……」
「『クロノ』のイベントやったか? あのめっちゃゴールドもらえるやつ」
クロノ——クロノブレーカーは、俺の好きなゲームだ。
「やった!——」
俺は薮木と語り合った。
「おはよう」とまた新たな仲間も加わった。
岡田だ。「あのボス強すぎないか?」
初めてクラスメイトと話すことができた。
昼食も一人じゃないし、放課後も初めて誰かと遊んだ。
今日はとても楽しかった。
「ただいま!」
家に帰り、大きな声で言ったが返事はない。
俺は階段を駆け上がり、ドアを開けた。
もう一人の俺はもういなくなっていた。
『どうか、素晴らしい人生を』
机の上に書き置きされたメモ。
「ありがとう」
天を見上げ、彼に届くように言った。
お題:現実逃避
—心理テスト—
君は今、夢をみている。
楽しい夢だ。
隣にいるたった一人と、どこか遠い地で、笑い合い、手を取り合い、幸せな時間を共に過ごしている。
君は、隣にどんな人を思い浮かべる?
家族でも友人でも良い。
誰か一人を思い浮かべて欲しい。
今、君の頭に思い浮かんだその人は、きっと君の一番大切な人だ。
もし。
僕のように、たったの一人も思い浮かばなかったそこの君。
どうか、そんな君に幸あれ。
お題:君は今
—星降る雨—
鉛色の空から、ポツポツと雨が降り始めた。やがて、このまま帰るのが憚られるほど、雨脚が強まってきた。
「参ったな」
老人はやむを得ず、近くの屋根のあるパン屋に避難した。
物憂げな空を眺める。
しばらくは、止みそうにない。
「お客さん?」
すると店のドアから女の子が出てきた。
中学生くらいにみえる。
「すみません。急に雨が降り始めたもんだから、雨宿りさせてもらってます」
「あー、そうですか」
彼女は明らかに残念そうな顔をした。
久しぶりにお客さんが来た、と思ったからだ。
「でも、せっかくだから入ろうかな」
「ほんとですか⁈」
女の子はパッと顔を明るくして言った。
老人は入り口をくぐった。
「この店の一番人気はなんですか?」
老人は訊いた。
「メロンパンですね。でも、私はこのクロワッサンの方が好きなんですけど」
「じゃあ、一つずつ頂こうかな」
彼女は素早い手つきでそれらを袋に詰めた。
「ありがとう」
老人はにっこりと笑った。
「いいえ、こちらこそ。お買い上げありがとうございました!」
彼女は丁寧に頭を下げた。
「まだ雨止みませんね。——うちの傘、よければ貸しますよ」
「いえ、悪いですよ」
「うちのパンは出来立てが美味しいんです。早く家に帰って食べてもらいたいんです」
「……申し訳ないね」
老人は傘を受け取り、店を出た。
次の日。昨日の天気が嘘のように晴れた。
女の子は店を開けるためにシャッターを上げると、驚いた。
「なんで⁈ お客さんがこんなに⁈」
店の前には大量の客が並んでいた。
最近、全くお客さんが来なかったのに——。
「いらっしゃいませ!」
彼女は、店を開けた。
客が雪崩のように入り込んできた。
結局その日、パンがなくなるほどの大盛況だった。
——トシさんがこの店を絶賛してたんだ。
ある客がこう言っていた。
『トシさん』は、どうやら有名なレビュアーらしい。
「みつけた」
彼女は閉店後、気になって調べてみた。
検索がヒットした、一件のブログ記事。
そこにはこう書かれていた。
『今日は、運命のように巡り会えたパン屋について紹介しようと思う。——』
この店の名前が刻まれていた。
そして、ここのパンを高く評価する言葉が並んでいた。
『——何より、店員さんの対応が素晴らしかった!』
評価は、満点の五つ星だった。
お題:物憂げな空
—小さな番人—
いつもの場所——公園のベンチの下で、ネコがこちらをじっと見つめている。
片目が潰れた、茶と白の三毛猫だ。
「あのネコ、いつもいるな」
俺は友人に言った。
「あのネコね。あのネコとは関わらない方がいいよ」
「どうして?」
「『呪われたネコ』なんだ」
何故、という顔をした俺に、友人は詳しく事情を説明してくれた。
半年前、この公園である少女が誘拐された。
結局、天は味方をせず、少女は帰らぬ人となってしまった。
なんとその日、少女はあのネコを探していたのだそうだ。
ざっくり言うとそんな事件があったらしい。
ここに来て日が浅い俺は初耳だった。
「あのネコが逃げ出さなかったら、その女の子は無事だったんだ」
友人は最後にそう言った。
夕方、友人と別れた後、どうしてもあのネコが気になってもう一度公園を訪れた。
「なぁ」
俺は、その呪われたネコに話しかけた。
しかし、ネコはこちらを激しく威嚇する。
「俺は敵じゃないよ」
干したイワシを目の前に置いた。
ネコは匂いを嗅ぎ、イワシにかじりついた。相当お腹が空いていたようだ。
「君はあの日、女の子を守ろうとしたんじゃないか」
潰れた片目を見る。
「でも悲しいけど、女の子はもう帰ってこない。一人は寂しいよ。一緒に帰ろう」
俺はネコを抱えようとしたけれど、激しく抵抗された。
「わかった。また来るね」
俺は立ち上がり、公園を後にした。
その場を見ていない俺に真実はわからない。
だがどうしても、あのネコが少女がいなくなったあの場所で、帰りを待っているような気がしてならないのだ。
明日は、ご飯と一緒に花束を持って行こう。
俺はそう心に決めた。
お題:小さな命
—Loveの使い方—
今日の英語の授業で『Love』という単語を習った。
「じゃあ、『Love』という単語を使って、隣の人と会話をしてみましょう」
先生がそう言うとクラスがざわめきだした。
思春期の僕たちにとって、少し刺激が強い。
「あー、I love you!」
僕が隣の女子にそう告げると、彼女は顔を少し赤くした。
「Sorry……」
振られた。
「I don’t love you」
さらには追い討ちまで。
彼女がそれを本心で言っているのか、僕にはわからなかった。
タイマーがピピピと鳴った。
「先生ー! 先生は『Love』って単語、日常で使うんですかー?」
クラスのお調子者が訊いた。
教壇に立つ、若い女の先生をからかいたくなったんだろう。
「私は日本人の男性と結婚しましたから、『Love』は滅多に使いませんね。でも、愛は毎日伝え合っていますよ。それが円満な夫婦関係を続ける秘訣ですからね」
女教師は平然と言う。
「皆さんが外国人の方と付き合うことになった時は、ぜひ『Love』を使って愛を伝えてあげてください。まぁ、中学生のあなたたちには、まだ早いでしょうけど」
逆に仕返しをくらった。
先生は何事もなかったかのように、次に進んでいく。
クラスはシーンと静まり返った。
今日の授業は、なんだか疲れてしまった。
『Love』を使うって、思ったよりも体力を使う単語だな、と僕は思った。
お題:Love you