—光の仮面—
高校最後の文化祭を翌日に控えた今日。
「陽菜ちゃん、ごめん! 昨日の放課後、装飾一人でやってもらっちゃって」
「全然いいよ。私は部活に入ってないし、みんな大会近いもんね」
俺は近くの女子を横目に見ていた。
近藤陽菜は、太陽のような人だ。
前向きで明るくて、誰に対しても優しい。
「なぁ、あの噂聞いたか?」
突然、友人の中島が話しかけてきた。
「なんの?」
「近藤さん、フォークダンスの相手がいるらしいぞ」
「へぇ」
「なんだよ。興味なさそうだな」
明日の夕方に開催される、三年生のみで行うフォークダンス。
一緒に踊った相手とは、生涯を共に過ごすことができるという言い伝えがあるらしい。
「色んな人が相手に立候補したけど、先約があるからって断られたらしいぜ」
「ふうん」
「お前、近藤さんと中学一緒なんだろ? 何か聞いてないのか?」
「聞いてない」
そう言うと、中島はつまらなさそうな顔を見せた。
そして放課後。
今日は準備できる最後の日ということで、みんな張り切っていた。
「陽菜ちゃん、昨日やってくれたから、今日は私たちがやるよ」
「私もやるよ。一人でも多い方が、早く終わるからね」
「ありがとう」
俺は、小道具の作成に取り掛かった。
「明日の本番、絶対に成功させよう!」
準備が終わり、学級委員長が言った。
クラスのほとんどがいるこの教室は、大いに盛り上がった。
そして、ぞろぞろと解散した。
帰宅のために、俺は電車に乗り込んだ。
「はぁ、今日も疲れた」
隣に立った近藤が言った。
「お疲れ」
「昨日の放課後、ありがとうね。トオルが手伝ってくれなかったら、きっと終わってなかったわ」
俺は、彼女のことをよく知っている。
「あいつら、話してばっかで全然進まないし。いてもいなくても変わらない」
彼女は、居場所を失いたくないのだ。
だから彼女は太陽のような人を演じている。
「まぁ、終わって良かったな」
「本当よ。——明日のフォークダンス、楽しみにしてるね」
そう言って、彼女は笑顔を見せた。
「あぁ、また明日」
電車のドアを潜り、彼女と別れた。
もう日は暮れ、外はすっかり暗くなっていた。
お題:太陽のような
—リスタート—
俺はたった今、無職になった。
十年間勤めた会社が、倒産したのだ。
「ごめん」
その夜、俺は妻と娘に頭を下げた。
まだ三歳の娘がいるというのに、無職になるなんて情けない話だ。
「ぱぱ、むしょく……?」
「パパのお仕事がなくなっちゃったのよ」
「しごとがない……」
妻は平然と言う。
「でも大丈夫よ。仕事はどこかにきっとあるし、パパがこれまで頑張ってくれたおかげで貯金もあるから。——むしろ、少し休みがとれて良かったじゃない」
なんて笑いながら言った。
そんな妻の心の強さに、俺は支えられる。
「ありがとう」
もう一度、俺は頭を下げた。
見捨てられなくて良かったと、心から思う。
彼女の優しさに、思わず涙が溢れてきた。
「ぱぱ、しごとあるよ!」
ふいに娘が叫んだ。
「なあに。どんなお仕事があるの?」と妻が隣の娘に訊く。
「あしたから、パパはメイとあそぶの!」
二人でふっと笑ってしまった。
「確かにそうね。子育ても立派なお仕事だもんね」
「わかった。明日は遊びに行こう」
「じゃあお弁当作って、ピクニックでもしよっか」
「ぴくにっく、したい……!」
暗くなると思っていた部屋の雰囲気は、いつの間にか明るいものになっていた。
無職になってしまった初日。
俺のスタートは、悪くない滑り出しだった。
お題:0からの
—同情はいらない—
いじめはつらい。
そんなことはみんな知っているはずなのに、いじめはなくならない。
なぜだろう。
「いてて……」
殴られて、蹴られて、ズキズキと痛む体をさすった。
体育館裏から、一人で虚しくとぼとぼ歩く。
部活が終わった今の時間、学校内は静かだ。
いつもこうならいいのに、と私は思う。
「ねぇ阿部さん、いじめられてるでしょ」
廊下を歩いていると、突然背後から声をかけられた。
学級委員長だった。
黒縁のメガネ越しに、こちらを真っ直ぐみている。
「そんなわけないじゃん」と口にしようとしたが、服も汚れているし、ところどころ傷口もみえる。
「だったらなに?」と私はいった。
「俺は、いじめは見逃せない」
彼は悲壮な表情をこちらに向ける。
「同情? そういうのが一番腹立つから」
私は、委員長を無視して真っ直ぐ歩いた。
すると、彼は私の右手首を掴んだ。
「同情……、違うかもしれないけど、そうかもしれない」
「は?」
必死に振り解こうとしたが、彼の力は強かった。
「昔、いじめられてる友人がいたんだ。いや、何もできなかった俺は、友人とは言えないかもしれない」
彼は、手を離した。
「俺は、もう、ただみてるだけなのは嫌なんだ。君の話を聞かせてくれないか」
彼の存在が少し大きく見えた。
私は、彼の目を見つめる。
「私は……」
そこまで口にして、思いとどまった。
「私から話すことは何もない」
そう言って、また歩き始めた。
「今まで気づかなくてごめん! 必ず俺がなんとかするから!」
後ろから、そう叫ぶ声が聞こえた。
本当は関わらないでほしい。他の誰かを巻き込みたくはなかった。
でも、最後にそう言えなかったのは、彼を信じたくなってしまったからかもしれない。
お題:同情
—半分のしおり—
池田紬は、カフェの窓際で本を読んでいた。
「ごめん、お待たせ!」
すると、木村絵馬が少し遅れてやってきた。
人身事故の影響で、電車が遅延していたらしい。
紬は、本から顔を上げた。
「大丈夫。遅延は仕方ないよ」
紬は笑ってみせた。
けれど、絵馬はばつが悪そうな表情をする。
「本当にツムギは優しいのね」
「それは、よく言われるかも。……そんなことはいいから、早く話そうよ」
「うん」
そんなジョークをかましながら、しおりを本に挟んだ。
「そのしおり珍しいね」絵馬が言った。
「あぁ、これね……」
枯葉の右半分をラッピングしたしおり。
「昔、友達と一緒に作ったの」
「へぇ、なんかいいね」
その友人とは、小学校の同級生だった。
けれど、その子は転校してしまった。
「とりあえず、何か頼もうよ」
二人は、メニュー表をみた。
コーヒー二つと、フルーツケーキ、シフォンケーキを注文した。
「最近、転職したんだけどさ。やっと地獄の職場を抜け出せたかと思ったら、さらに厳しいところに来ちゃって!」
「最悪じゃん」
二人は高校の同級生だが、七年経った今でもたまに会い、こうやって駄弁るのだ。
「ほんっとに、甘いもん食べないとやってけないよ!」
「わかる。うちのとこもさ——」
たくさん愚痴を言い合っているうちに、気づけば二時間経っていた。
「そろそろお開きにするか」
「そうだね。私、先払ってくるよ」
「ありがとう」
紬は席を立った。
伝票を持ち、レジまで向かうと、先にお会計している男性の財布から何かが落ちた。
思わず目を見開いた。
それは、枯葉の左半分をラッピングしたしおりだった。
「あの」
男性は振り向く。
その顔には、古い面影があった。
「これ、落としましたよ」
紬は、ほとんど反射的に、しおりの裏に自分の名刺を重ねていた。
「ありがとうございます」
昔とは違い、低くてよく響く声だった。
男性はそれを受け取ると店を去っていった。
心臓が、小学生の時に戻ったように、速く鼓動していた。
お題:枯葉
—明日の君へ—
「あなたがセナ君ですか?」
橋本ひまりが、上目遣いで不安そうにこちらをみる。
「うん」
「やっぱりそうなんですね……。今日はどこに連れていってくれるんですか?」
どこかよそよそしい彼女。
だが、俺たちは恋人同士だ。
「それは、行ってからのお楽しみだ」
実は彼女は昨日までのことを覚えていない。
事故に遭ってから、記憶を留めることができなくなったらしい。
だから、今日の彼女には初めまして。
彼女の記憶力が早く元に戻るように、俺が頑張るしかない。
電車に揺られながら、目的地に向かう。
「日記を読んだら、昨日は『遊園地』に連れていってもらった、とありました」
「そうだよ。何か覚えてる?」
彼女は大きく首を横に振る。
「そっか。でも大丈夫。俺が全力でサポートするから」
「ありがとうございます、セナ君」
駅を出て大通りを真っ直ぐ行くと、目的地に着いた。
「水族館、ですか?」
「さぁ、中へ行こう」
チケットを購入して、入り口を潜った。
彼女は「わぁ、きれい!」「かわいい!」なんて声を上げながら、水槽にペタペタくっついている。
「イルカショー見たいです!」
「うん、見に行こう」
迫力のあるショーで大いに盛り上がった。
プールサイドでイルカに触れられるイベントもあって、楽しかった。
その後も色々な場所を周り、外に出るともう日は暮れかかっていた。
また大通りを歩き、電車に乗り込んだ。
「今日は楽しかったです!」
「うん、俺も」
「ちゃんと今日のこと、日記に書きますから。——明日、覚えてると良いなぁ」
彼女は、独り言のようにポツリと言った。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。またね」
駅を出て、俺たちは別れた。
彼女が見えなくなるまで、見送った。
今日の彼女にさようなら。
どうか、今日を覚えていますように。
そう祈りながら、俺は家路についた。
お題:今日にさよなら