初心者太郎

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1/1/2026, 2:31:13 AM

—初詣—

正月がきた。
ただ、今年大学受験を控えている俺は、うかうかしていられない。

『神様、どうか頭が良くなりますように。どうか頭が良くなりますように』

賽銭箱の前で手を合わせる。
去年はなかなか成績が上がらなかった。こうなったら神頼みしかない。

拝殿を後にし、階段を下って行った。

「おみくじやる?」母に訊かれた。
「せっかくだしやろうかな」

母に百円をもらい、列に並んだ。思っていたよりも人が多い。

「初穂料をお納めください」

ようやく自分の番が回って来た。巫女さんに言われた通り、百円玉を手渡した。
茶色のみくじ箱をガラガラ振り、一本棒を引き抜いた。

「十九番でした」
「はい、お受け取りください。良いお年をお過ごしくださいませ」

渡されたくじを眺める。
今年は『吉』だった。悪くはない。

神様からの言葉や待ち人、失物などがずらっと書いてある。

「学業、『人に頼らず自ら励め』か……」

神様は見ているのかもしれない。
残り少ない時間、全力で追い込もう、と俺は思った。

お題:良いお年を

12/31/2025, 3:44:39 AM

—星の記憶—

「屋上に行ってもいいかしら?」
「ええ、もちろん」私は頷いて見せた。

夜の七時。
いつもこの時間に、私たちは介護施設の屋上で星を眺める。

「今日は星が綺麗に見えると思いますよ」

さっき、天気のアプリで調べたところ、この時間は『快晴』になっていた。

私たちはエレベーターで最上階まで昇った。
二人で手を繋ぎながら、慎重に歩く。屋上に続く扉を開け、外に出た。

天気予報通り、雲一つない夜空だった。燦然と輝く星々が、空一面に見えた。

「綺麗」私は思わず感嘆の声を漏らした。
「昔ね、こんな星空を見たのよ」

隣にいる彼女は、昔話をしようとする。
だが、認知症である彼女は思い出せない。

「あなたはここで何年働いてるの?」

しばらく空をじっと見ていると、私は訊かれた。

「……私はここで働いてませんよ」
「あら、そうなの」

母は娘である、私のことも忘れてしまった。昔、家の近くで何度も見たこの星空だけは、なんとか覚えているらしい。

星に包まれた夜だけ、何かを思い出してくれるんじゃないか、という希望がある。

「身体が冷える前に、下に戻りましょうか」
「そうね」

また、二人で手を繋いで歩いた。

この時間だけ、親子でいられるような気がしている。
私にとって、大切な時間なのだ。

お題:星に包まれて

12/29/2025, 12:17:23 PM

—最期の抗議—

懐かしい記憶を見た。

父と母と、動物園に行った時の思い出。
友人と家の近くのファミレスで、毎日駄弁った思い出。
大学生の時、初めて彼女ができた思い出。

断片的で色々な幸せの記憶が、頭の中に次々と雪崩れ込んでくる。

ビルの屋上から垂直落下している俺は「あぁ、これが走馬灯か」と思った。
社会人になってからの記憶が流れなかったことに、安堵した。

これは、会社に対して命を賭けた復讐だ。

誰もが寝静まった深夜。
俺の身体は、勤務先の会社の目の前で潰れた。

ただ、静かに幕を閉じた。

お題:静かな終わり

12/29/2025, 2:45:38 AM

—ノンフィクション—

もしあの子と付き合うことができたなら。
そんな妄想を心の中で描く。

「映画、面白かったね」彼女が笑みを浮かべる。
「うん、特に最後のどんでん返しがやばかったよね。余韻がまだ残ってる」

二人で映画を見終わった後、しばらくその話で語らい合いたい。

「口開けて、あーん」彼女がスプーンを口元に近づけてくる。
「おいしい!」

二人でご飯に行ったら、仲睦まじく、バカップルのような時間を過ごしたい。
バカップルを見るのは好きじゃないけれど、彼女となら、そんな時間を過ごしたい。

彼女を好きになってから、そんな妄想が心の中で繰り返される。
いろんなシチュエーションで何度も何度も。

心の中では自由だ。
でも、そんなの虚しいじゃないか。

「……伝えたいことがあるんだ」学校の屋上で彼女に言った。

今のままじゃダメだ、と俺は思う。
家で何回も練習した言葉を、今から彼女にぶつける。

「好きです!付き合ってください!」

頭を下げて、彼女の言葉を待った。

「ごめんなさい」

彼女は走り去った。
俺は頭を下げたまま、屋上で一人、涙を流した。

これでいい。
彼女がそう返事することは、分かっていたんだ。いつまでも希望があると思っている自分に、思い知らせてやったんだ。

俺は、心の旅路に終止符を打ってやった。
哀れな自分に、さようなら。

お題:心の旅路

12/28/2025, 2:07:50 AM

—夢の残響—

社員が来る前の早朝、俺は清掃員用の更衣室で作業着に着替える。清掃道具が入ったカートを運びながら、各フロアを上から掃除していく。

今朝は、今年一寒い。そのせいか、トイレの鏡は凍っていた。

「おはようございます!」

鏡を拭いていると、鏡の奥で誰かがお辞儀している姿が見えた。振り返ると若い男が立っていた。

「新人の佐藤です!今日からよろしくお願いします!」
「あぁ、よろしく」

また新人か、と心の中で呟いた。
最近の若い者はすぐに音を上げ、いなくなってしまう。今月の初めに一人、別の新人が入ってきたが、もういない。

「ここをこうするんだ」
「わかりました!」彼はメモをとった。

こうやって新人に仕事を教えても、時間の無駄だと俺は思う。
だが、この男は今までの奴と少し違うような気がした。元気で熱い男だ。なよなよした陰気くさい感じではない。

「教えることは以上だ。何かわからないことがあったら言ってくれ」
「はい!」
「……君は、すぐに辞めないでくれよ」鏡を拭きながら、ボソッと口に出してしまった。

正直、この時間にうんざりしていた。
教える時間があるなら、その間に自分の仕事を進めたい。

「いえ、俺はすぐに辞めます!」
「え……?」

彼は、そう宣言をした。
こんな奴は今まで見たことがない。大抵は「頑張ります」とか言うだろう。

「俺にはお笑い芸人になるという夢があるんです!近いうちに必ず有名になります!だからすぐに辞めます!」

彼の目は、キラキラと輝いていた。

「そうか、頑張れよ」
「失礼します!」

自分が昔、ミュージシャンを目指していたことを思い出した。中途半端で、将来に対していつも不安で、逃げ出してしまった自分を。
それに比べてこの男はどうだ?
必ず売れるという気概を持っている。

彼は、将来すごいやつになるんじゃないか。いや、そうであってほしいと俺は思う。

彼が去った後、もう一度鏡を拭いた。
そこには、昔より老けた、夢をしまい込んだ自分が映っていた。

お題:凍てつく鏡

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