会社の飲み会は
苦手でその場に居づらい
何とも言えない気持ちになる。
だから
お開きになると分かると
嬉々として身支度を始めてしまう。
君との飲み会は
楽しすぎて、時間感覚がおかしくなる。
だから
終電が近いと分かると
名残惜しくて歯切れが悪くなってしまう。
本当は
もっとずっと
君と一緒に居たいんだよ
#別れ際に
誰かと会って
話をしたあとは
『あー言わなければよかった』
と
『こー言えばよかった』
と
一人反省会をする
いまだに冷房が強い電車で
手も
気持ちと一緒で
かじかんで
縮こまっていく
それでも
反省会は続く
#秋
別に
好きで巣籠もりしてる訳じゃない
外に出れるなら出たいし
快晴の日なんて最高じゃないか
何処へ行こうと考えたら、心が浮き立つものだ
そんな自分だったが
外に出れなくなった
不登校ではない
ストーカー被害でもない
村八分でもない
自分の中の
生きるエネルギーが
枯渇したんだと思う
その現実と
向き合うのが怖くて
窓の外さえ見れない
そんな今日
#窓から見える景色
春風は不思議な娘だ。
「なぁ、まだ帰らねぇの?」
俺は何度目か分からない質問を春風芽已の背中に投げた。
彼女は幼稚園からの幼なじみで、いつからだったか、一緒にトンボを捕まえたり、親に内緒で買い食いをしたり、そんな過ごし方をする仲になった。
小学校も中学校も、いま通っている高校も縁あって同じだ。
1年生の時は同じクラスだったが、2年生の今は別々のクラスだ。
さて、当の本人は聞いているのかいないのか、右手の人差し指を唇に当てて、大衆的な雑貨店内をキョロキョロしている。
アレは集中している時の癖だ。
「うーん…有りそうなんだよなぁ…」
春風はぶつぶつ呟くと、長い黒髪が床にくっついても気にせず、カラーボックスの一番下の段を覗き込み、手を差し入れて物色している。
「…」
汚れにも無頓着。
案の定、右の掌は年季の入った埃で黒く汚れていた。
…ったく!
「おい」
俺はずかずかと春風に近づき、右手首を掴んだ。
すかさず、きちんとアイロンがかけられたモスグリーンのハンカチで春風の汚れた掌を拭った。
「何?夏木」
春風はされるがままだ。
「お前、そんな汚ねぇ指を口につける気か」
「え?…あー」
そこで春風は、初めて気がついたというようにハンカチで擦られている右手を見た。
でも、それも一瞬。
直ぐに視線は店内へと移される。
俺はため息をついて、手早く汚れを拭いた。
だから、放っておけない。
「ほれ、きれいになったぞ」
春風の眼前に右手を差し出してやる。
動じない春風。
右手と会話をするように
「夏木、ありがとう」
と言って振り返った。
ベルベットのような黒髪が美しく揺れる。
緑がかった瞳が俺をとらえたことを知り、ギクリと体が硬直する。
それは1桁の歳から見慣れてきたはずの、ただの幼なじみの顔。
そのはずだが―
俺はハンカチを握る右手に意識を集中した。
モスグリーンの生地に黄色の蛙の刺繍。
刺繍の下にコバルトブルーの丸い書体で『YOUSUKE』とある。
春風が、家族で温泉旅行に行った時の土産だったはずだ。
既製品のハンカチに名入れをしたのだと。
別に、春風の贈り物癖には慣れた。
春風から贈られる物は、だいたい奇抜で一度みたら忘れられない。
だから、特別感があって捨てられない。
「『モウドクフキヤガエル』使ってくれてるんだ」
春風は俺の右手を指差した。
俺は一瞥して言った。
「ま、目立つし」
春風はくすりと笑った。
「大事にしてくれてて嬉しいよ」
#大事にしたい
「潤いがほしい…」
藤代登吾は、アイスティーを飲み干すとテーブルの上に崩れるようにして言った。
「なんだよ、喉渇いてんなら追加で頼んでこいよ」
鈴城董吾は、呆れた顔で店内のレジカウンターを顎でしゃくった。
とある大手ファストフード店で、2人は部活後の腹ごしらえ中である。
「…違う…、心の潤いってヤツ…」
登吾のか細くくぐもった声を何とか聞き取ると、董吾は思わず飲んでいたアイスコーヒーを吹き出しそうになってむせた。
「おいおい、大丈夫かよ」
登吾の口調は心配そうな素振りを見せつつ、その態度は董吾の噴射を避けるようにしっかり後ろへのけ反っていた。
「そ、れが…しん、ぱいするヤツの、、げぇほっ、、態度かよ」
激しく咳き込んだ董吾は泪目で登吾を睨んだ。
「俺、まじ干物になりそうなの~、聞いてよ、かおるん」
2人は同じ読みの名前であるため、ややこしいから違う呼び方をしようというのが、2人で決めたルールだ。
鈴城董吾が、「かおる」。
藤代登吾が、「のぼる」。
はじめは、苗字の一字で呼ぶ案もあったが、登吾が「ふじ」と呼ぶのに対して、董吾は「すず」とか「りん」とかが候補だったので、「女子っぽいから嫌だ」という董吾の猛反対で無しになったのだった。
董吾は何度か空咳をすると、話の続きを促すように掌をひらひらした。
「最近フラれてさぁ、まぁ、なんつーか。…今までってさ、お互い軽いノリで始まって終わってだったのよ」
「…」
董吾は、無言でフライドポテトを口に運んだ。
「カレカノは無理だったけど、また友達ね~みたいな」
「俺には分からない世界だな」
董吾は真顔だ。
登吾は空になったアイスティーを未練がましくズゾッと吸うと、
「なのに、今回は『好きが感じられない』って。なんか信用されなかったみたいでさ、別れることになったんだ」
登吾は仔犬のような、縋るような視線を董吾に送った。
世の女性たちは、コイツのこういうところに庇護欲とか母性本能を刺激されるんだろうな。
『だったら、私が慰めてあげようか?』
と耳元でささやく女子大生とか
『登吾が彼氏だなんて、毎日会いに行っちゃう』と腕に手をからませてくる美少女系とか
その後の展開には似合う。
まぁ、それに近い事もあるかもしれないけれど。
董吾は頭の片隅で考えると、向かい合わせの席に座る登吾に似た、ひしゃげたポテトを口に運んだ。
#向かい合わせ