「あ、雨だ」
私はいつも間が悪い。
大好きなアーティストのライブの日は、いつも途中から雨天になる。
図書館で本に夢中になりすぎて、帰りに雨に降られたこともある。
自宅まであと数十メートルのところで降られたことも。
梅雨の時期に限らず、私はいつも空を注意深く見上げる。
仮に快晴であったとしても気を抜かない。
"もしかしたら"は、私にとって天気予報よりも確率が高いのだ。
#空を見上げて心に浮かんだこと
彼の周りはいつも賑やかで
私は中心に居る彼の姿を追わずにはいられなかった。
別れた今も反射的に目で追ってしまう。
こんな自分が情けない。
私は女子校卒で男性経験が全く無く、男性と会話するのもかなりの勇気を要した。
彼は社交的な人で、学科の中心に居る人だった。
私とは真逆なタイプ。
おおらかで楽観的。
でも勝負事は強い。
憧れた。
近づきたくなった。
モブな私に気づいてほしくなった。
たぶん恋。
私の、片思い。
彼と夜の大学構内で、色々喋った。
付き合ってくれる彼の優しさが嬉しかった。
私の、片思い。
きっと上皿天秤を使ったら、私の方がガクンと下がるに違いない。
私の、片思い。
苦しくて苦しくて
彼のことを考えない日はなくて
スマホでLINEしたり、電話したり、
今日はどうかな?
今、連絡したら迷惑かな?
百面相して、親や姉に心配された。
大丈夫、大丈夫と繰り返す自分が
一番大丈夫じゃないって分かってる。
せっかく君に近づけたのに
君の特別になれた気がしたの。
でも
君の経験値に追いつこうとするのはしんどくて
自分が変わらなきゃいけないのかなって
怖くなった。
どんどん
後戻りできない怖さが
君への恋情を越えてしまったの。
手を繋ぐだけでも
ハグをするだけでも
愛しいが胸に溢れて
ギュッと苦しくなった。
それが
不安と怖さに入れ替わって
愕然とした
冷静さを失うほどに。
君は納得していない
私も納得していない
だから、もう少しだけ
今だけ
ワンチャン願ってもいい?
叶わなかったら
それで終えられるから。
#終わりにしよう
教えたはずがないのに
突然アイツからLINEがきた。
「次の活動はいつ?(^ー^)」
既読にしてしまった自分を恨んだ。
この前、思わぬところでアイツと遭遇した。
大概、制服姿しかお互いに知らないから、てっきり、からかわれるかと思ったのに。
アイツは、割と本気だったんだとLINEの文面を見て首肯した。
『推し活』
「ホントに、興味があるのね…。」
なんとなく複雑なのは、なぜなのか。
聖地巡業に同行させたら、予想外の失言に雰囲気を壊されるかもしれないから?
いやいや
アイツだって仮にも同じ文藝部だし、文豪を貶めるようなことを云うだろうか?
私はハッとした。
アイツが原因じゃなくて、私に原因があるとしたら?
焦がれた殿方の軌跡を辿る、その道中に同行するにふさわしいと、私が納得していないのではないのか?
推しが崇高すぎて、無意識に人選までするなんて、なんて傲慢なんだろう…。
当たらずとも遠からずな推察に、私は唇をへの字に結んだ。
「貴方たちにはちゃんとお相手が居て、私は同じ時代に生まれなかっただけなのに…」
私は、何度も読み込んで擦りきれた文庫本を撫でた。
もうすぐ、彼の命日だ。
アイツは、彼の作品をどこまで読んだことがあるだろうか。
「まぁ、訊いてみるか」
私は誰にともなく呟き、アプリを起動させた。
#1件のLINE
あんなに魅力的に見えた元カレに
別れを告げられ
私よりひとまわり以上若くて可愛らしい子と
並んで歩いているのを見て
なぁんだ
若くて可愛いい女性がよかったんだな
あいつも世の男どもと一緒か
と、妙に腑に落ちて、冷めた気持ちになった
波紋が無くなった水面のように
私の心が平たくなる
そう
長年の夢から醒めたのだ
#目が覚めると
『やる気スイッチ』なんて、突然ブレーカーが落ちた末に、かちかちと虚しく乾いた音が虚空に漂う、経年劣化甚だしい実家の古びたスイッチと何ら変わらない。
意思とは無関係に、突然に稼働しなくなるのだ。
臀部から見えない根っこが生え出して、地面と一体化してしまったかのように、行動範囲が制限される。
意思とは無関係に。
私は自由になったはずなのに。
私に干渉するあらゆるしがらみを伐採して、足元の唐草さえ、細切れにしたというのに。
ここではないないどこかもまた、ここではなかったのだ。
#ここではないどこか