『神々しい』とは、きっとこういう現象をいうのだろう。
私は、彼から目が離せなかった。
その日、母親に下校時に買い物を頼まれた私は、部活を早上がりし、書店で目的の雑誌を購入した。
「自分で買いに行けばいいのに」
ぶつくさ文句を言いながら、私は紙袋に入った雑誌をカバンにしまった。
母の推しが特集されているらしい雑誌は、女性向けのファッション誌で、私にとっては興味が沸かない部類だった。
でも、推しの特集誌が刊行される日を楽しみに待つ気持ちは分かる。すごく。
だから、本の虫である自分にとって書店は現実世界の疲労を癒すオアシスなのだが、今日は目的を終えると、後ろ髪を引かれる思いで最寄り駅へ向かった。
普段、部活が終わってからでは乗車することのない列車に乗る。
朝と同じ、前から5両目。
ふと、私は前方を見て、目を見開いた。
彼が、反対側のドア付近に居たのだ。
沈みかける夕日を浴びて、彼の金髪は淡く黄金色に輝いていた。
インナーイヤホンで音楽を聴いているのか、それとも居眠りしているのか、横並びの座席に背を預けながら、目を閉じて腕を組み、微動だにしない。
まるで彫刻のような美しさ。
私は思わず息をのんだ。
『神々しい』って、きっとこういうことなんだ。
#沈む夕日
「あんたって、髪きれいだよな」
朝の通学・通勤時間帯で込み合う5両目、彼のいつもの定位置で、私は出入口を背に、彼と向き合っていた。
否、正しくは、彼と私は身長差が40センチ位あるので、私は見上げて、彼は見下ろす構図だけど。
新学期が始まって、社会人も学生もいつもの顔ぶれが散見されるようになって、またいつもの毎日が始まるんだと思ったら、私は前日から待ち遠しくて、鼓動が速くなってなかなか寝付けなかった。
「え、あ、そう…ですかね?まだ、この髪型には慣れてなくて…」
私は、熱を帯びた両頬を隠すように俯いた。
セミロングから、肩に着かないギリギリのボブスタイルに変えたのは二日前。
祖母の形見であるシュシュを1学期に無くしかけたことを反省し、校則の事もあって、思い切ってアップにしなくて済む髪型にしたのだ。
あの時、彼がシュシュを拾ってくれていなかったら、私は落ち込んでしばらく学校を休んでいたかもしれない。
彼が見つけてくれた祖母の形見は、仏壇前の祖母の写真の横に飾っている。
朝、家を出る前に必ず「行ってきます」と挨拶をして、笑顔の祖母とシュシュを見てから玄関に向かうのが日課になっていた。
「その髪型、似合ってると思う。あんたの髪がどんだけキレイか、良さが出てる」
「そんな、言いすぎですよ…」
「俺のは…」
彼が長めの前髪をつまんで言う。
「軟らかくて、少しクセが有るから、あんたのストレートが羨ましい」
ふっと柔らかく笑う姿に、とびきり心臓が跳ねた。
ぎゅっと、制服の胸の辺りを掴む。
ふと、彼が怪訝な顔をした。
「なに?気持ち悪い?」
私の様子の変化にいち早く気づいてくれるのは嬉しいけど。けど、今はあまり訊かないでほしい。
私は、出来るだけ不自然にならないよう、出来得る限りの微笑を貼りつけて応えた。
「誉められ慣れしてなくて、緊張しちゃいました」
嘘ではない。でも、きっと、この動悸の種類が違うだろうことは分かる。
まだ、気持ちを伝えるには、早すぎる。
彼はほっとしたように、表情を緩めた。
「そっか。まぁ、俺みたいな男から誉められても、ビミョーだよな」
そんなことない。
私は、貴方の言葉が嬉しい。
「ま、髪質ってさ、ないものねだりだよな。言ったところで根本は変わる訳でもないし」
彼の両耳のピアスが太陽光を浴びて煌めき、深緑色が明るく鮮やかな緑色に変わる。
私に無いもの。
ピアスを開ける勇気も、彼と特別な関係になりたいと伝える勇気も、今の私には、まだない。
#ないものねだり
コーヒーは好きじゃないのに
好きなフリをしている
大人数は好きじゃないのに
飲み会を楽しんでいるフリをしている
脂っこいものが好きじゃないのに
焼き肉大好きで、行きつけの店があるフリをしている
両親が好きじゃないのに
家族仲がいいフリをしている
でもね
君には
好きじゃないこと
素直に言えるんだ
君の前では
正直な自分でいたいから
#好きじゃないのに
うちの家系は、代々、雨男雨女らしく、冠婚葬祭の時は常に雨だったらしい。
両親の結婚式も雨。
祖父母のお葬式も雨。
来月、僕と彼女は結婚式を挙げる。
自他共に認める、夫婦になる。
神前式に憧れる彼女は、いくつかの式場見学の時に衣装体験をしたからと、ウェディングドレスには拘らず、寧ろ、色打掛か白無垢かで悩んでいた。
お色直しを含めてどちらも選んでは?と勧めたが、逆に堅実な彼女は、フォトウェディングを提案してきた。
人並みの式を挙げさせてあげたいと思っていた僕は面食らい、堅実な彼女をますます頼もしく思った。
結局、両家の親からの説得もあって、挙式は執り行うことになったけれど、近親者だけの小ぢんまりしたものにすることになった。
堅実な彼女の家系は、代々、晴男晴女らしい。
彼女の両親の結婚式は、晴天。
彼女の兄、いわゆる義兄の結婚式も晴天。
彼女の曾祖母のお葬式は、雲ひとつ無い快晴だったという。
果たして僕たちの挙式当日の天気は、どうなるのか。
10日間天気予報を検索してみると。
当日は、「ところにより雨」らしい。
これこそ、神頼みではないのか。
どうかどうか、当日は晴れますように。
#ところにより雨
彼がすっかり特別な存在になっていることは、どう足掻いても明白だった。
彼の姿を目にできなかった日は、不思議なことに、周りの景色の彩度が落ちる気がする。日がな1日、活力が足りてない感覚がした。
いまはまだ、挨拶を交わして、少しだけ世間話をするだけの関係だ。
本音を言えば、もっともっと彼と仲良くなりたい。
休みの日に待ち合わせして、一緒に遊びに出かけたい。
いつもの休日はどんなことをしているんだろう。
好きなことは何だろう。
苦手なものって有るのかな。
彼のことをもっと知りたい。欲がどんどん膨れ上がって、自分がこんなに強欲だったなんて初めて思い知った。
通学中も、お昼休みも、帰宅して夕食前に宿題をする時も、彼はどうしてるのかなって考えてしまう。
彼も私と同じ気持ちになってくれてたら嬉しいのに。
『特別な存在』