もし、静かな森へ行けたなら、
私は思う存分絵を描ける
もし、静かな森へ行けたなら、
常に周りに居る化け物たちを知る努力は必要ない
規範に乗っとる必要はない
もし、静かな森へ行けたなら、
私はわたしのままで、動物のように喚きながら逝く最後を味わえる
このまま静かな森へ行けないなら、
私は長生きするだろう
このまま静かな森へ行けないなら、
私は大衆の価値観にモミクチヤにされることに警戒しながらひっそりと絵を描いて行くだろう
このまま静かな森へ行けないなら、
私は袋小路へと行くのだろう
人の外へと行くのだろう
ただ、ただ、絵を描いていたい
だけど晒されたくはない オモチャにされたくはない
だから、外面の学を無理矢理持ってきた
無理のない範囲だった はずだった
しかし、学は範囲の制限がなかった
いや、曖昧だった
最終的に学は、各格の根本的な哲学をあけすけして、精査する卑劣な罠だった
独自の趣向では左右されないはずの学はその趣向を再現ない範囲で起点としていた
分からない、皆がどのような思考で思考を始めるのか
聞いてみても、理解できない無数の語とあまたの雑音が帰ってくるばかり
うるさい
正そうと急かす世界も騒がしくて仕方がない
行きたい、
行きたい静かな森へ
あの青々しい快晴と木漏れ日が照らす地面は絶景に値するのだろう
そして、時たま吹く風が葉を草を鳴らし、小鳥や何か動物の鳴き声が伴奏となった安らぎの合唱を自分の耳に与えてくれるだろう
理想郷 わかっている
だけど、一つ
一つだけ私はそこに辿り着く方向を知っている
だから、今だけは我慢しよう
自分の絵(宝物)をめいっぱい両手に抱え込んでそこに行くために
私は今日も一日、一歩を踏もう
静かな森へと行くために
あ、
次の一歩を踏み出す前に一つだけ言おう
「長い時間をへて自分は変わった」とどこか青々した顔をしている奴らがいるが、私に言わせれば「それは単純明快な合理化だ」と。「幼かったあの日この世界に反抗の意を見せた自分が本当の自分である。それを泣いて終わらせたのがお前たちだと」
「巡り逢い」とは、何とも不思議な形容詞だ。
輪廻転生信者や仏教徒ばかりか、神は居ないと嘆く現実主義者ですら、それを神格化している節がある
人間社会という集団の中で生活する私たちにとって誰かと逢うことは必須事項だ。
私は私という人生しか知らないが、もし仮に貴方や君、彼らや倅にも人生があるとして、そして、その人生を「巡る」と呼ぶとすると
人と人が会う、当たり障りのない日常の様を「巡り逢い」と形容する
不思議でならない。しかし、心のどこかで素敵だと感じている
何故だろう
日常の一部のシステムを神格化するのは、一種の現実逃避と言えるし、正当化とも言える
あの形容詞を使う彼らがあくまでそう捉えるのは「巡り合った」相手を見てだ。
自分そのものは見ない。
無機質な日常に気づきながら、その一つ一つを「巡り逢い」のような形容詞で飾り立てる遊戯を毎日のようにする彼らを私は無言でいつも見つめている。
「彼らと私は同じでわない」そうハッキリと言えるし、その遊戯を自分に向けて欲しくは無い
が、
飾り立てようとする感情に共感している以上
私はもしかしたら、彼らも自分と同じだとまた感じているのかもしれない
私は思う こんな「巡り逢い」はごめんだったと
けど、わかっているこれが集団で、群の定めだと
ある少女が足元にある紙を拾い、同室に偶然居た男の子に声をかける。彼は何か描きものをしていた。
「ねぇ、この紙切れ何?随分質が良さそうだけど…」
「地図。」
「え?」
「だから、“新しい“地図」
一瞬驚いた顔をした少女はどこか納得した顔をして、新たに浮かんだ疑問を一向にこっちを見る気配の無い男の子に問いかける。
「え?何、あの珍事現象まだ消えてなかったの?」
「うん。」
そっけなく返答する男の子を横目に少女は窓際にある自分の席に移動し、珍事現象について思い出した。といっても、その現象がいつから始まったのか、正確な日時は思い出せない。
ただ、その珍事現象は、少女にとって急だったことで、唐突に終わったことだけが印象に残っている。
珍事の内容は次の通りだ。
「どこからともなく頭上に“新しい“地図が降って来る」それも一枚だけでは無いし、人によって降って来る時間、枚数が異なる。総数はわからないが、テレビに出ていた学者のような人が平均して1000枚だと言っていたような気がする。
他人にはただの白紙に映るが、紙が頭上から降った本人にはそれが「“新しい“地図」だと直感的に分かるし、何が描かれているのかも理解できる。しかし、それを本人が気にいるかどうかは別であるらしかった。
最初の頃、少女は鬱陶しい現象だと思った
降って来る地図は、どれも夢物語の様な、神話の様な何となく理解出来るが理解したとしても、何かできるわけでもない抽象的な内容だったからだ。
しかし、次第に変わっていった。その地図は段々現実味を持っていった。これなら私でも出来るかもしれない、安全で、平凡で、それなりに苦楽がありそうな内容に興味を持って、一様保管する様になった。けど、まだあと一ピース足りない様な物足りなさが降ってきた「“新しい“地図」を見るたびにあった。
ある日、クラスの帰りのホームルームでその現象が全員に発生した時、少女は驚いた。地図を崇拝する子や自分と同じ様にファイルに保管する子、ゴミ箱に捨てる子、何かを書き足そうとしている子など様々で、他の子と見せ合おうとするが上手くいってない様子や地図自体をただの紙として丸めて遊んでる様子も散見されたからだ。今まで他人の「“新しい“地図」の扱い方を見たことが無かった少女にとって新鮮な光景だった。だけど一番印象に残っているのは、さっきの男の子の扱い方だ。その男の子は降ってきた地図を手に取るや否や破り始め、小さく裂いたそれをゴミ箱に入れるではなく、自前のビニール袋に詰めていた。そんな扱い方をするのはクラスでその男の子だけで、破る音が聞こえ始めて、終わるころには彼を凝視するものが増え、騒がしかったクラスがシンと静まり返って居た。
そんな中、
誰かが男の子に「それ持って帰るの?」と聞いて、
「うん。」と男の子が答えていた。
また誰かが「持って帰って何に使うの?」と聞いて、
「燃やす。」と男の子は答えていた。
余りにも平然とした顔で言うものだから少女はその時、咄嗟に「何で?」と男の子に聞いていた。
男の子はまた平然と「ムカつくから」と答えていた。
地図の乱暴な扱い方と現象が起きた途端のムッとした顔から男の子が怒って居るのは伝わっていたが、果たしてこの地図は燃やす程のものなのか?便利やウザいとは思ってもこの現象は怒る程のものだったのか?そんな疑問が湧いたのを覚えている。まぁ、あの時は早く帰りたい気持ちが頭の中を占領していたので不思議な子と思うことにして、終わったが。
少女の珍事現象が終わったのはその少し後だった。
少女はいつもながらに降ってきた「“新しい“地図」を見てた時だ。
いつもの何かが欠けている感覚は抱かず、少女は“納得“の様な感覚得た。それ以降、この現象はパッタリと無くなり、これまで保管していた地図もいつの間にか消え、手元には一枚の地図だけが残った。
その残った地図も今や机にあるファイル棚のどれかに挟んである状態で正確な場所も覚えてない。
少女にとってはもう二、三ヶ月前のような出来事ですっかり忘れていた。
今もまだあの男の子はその現象に見舞われているらしい
今日は早く着きすぎて、友達が来るまで時間がありすぎるので少女は、暇つぶしに男の子に問いかけをし始めた。
「もう燃やさなくていいの?」
男の子はしばらく黙って居たがその意図を思い出したのか
「面倒になったから」
とあの時と同様に淡々と答えた
少女は質問を続ける
「何であんなに地図に怒るの?あれ、どっちかというと便利じゃん」
「便利?あんなの俺の地図じゃない」
「でも、あんただけが見えてるんでしょ?『“新しい“地図』だって思えたんでしょ?」
question があります。先生は僕のこれに幾ら答えられますか?
question 1 貴方はこの地球で言うところの人間に属する生き物ですか
question 2 貴方は平等を矜持としていますか
question 3 貴方は自分の家族を持っていますか
question4 貴方は自意識過剰な生徒より愛しい人や子供が大切ですか
ええ、はい そのanswerは確かに美しいですよ
question5 貴方は貨幣信仰者ですか
question6 貴方は違反や厚生を誤認していない自負はありますか
question7 貴方は生徒の最初の過ちを怒号や威圧で正すべきだと思いますか
question8 貴方は日々に退屈さ感じますか
question9 貴方は問題児を恫喝する必要性を日々感じていますか
question10 貴方は正しいですか
question11 貴方は後悔をしますか
え?ああ、そうなのですね
因みに何でそのanswerなのですか
何故そんな惨めで、曖昧で、無責任なものを
ああ、違う違う
僕が見ていた先生と言う生き物はこんな生臭くなかった
question12 貴方は、先生歴が長いのに「生徒一人一人」の筆跡を覚えているそうですね、それは本当ですか
question13 貴方は嘘つきですか
question14 貴方は先月自殺した〇〇ちゃんを覚えていますか
僕の思う先生像よりかけ離れてばかりの貴方は
あの夕方あの教室で文句を吐いた貴方は
あの日我関せずな顔をして教卓に立った貴方は
やっぱり、先生と言うよりただの愚かしい僕自身のような人ですね
最後のquestionです
このquestionの筆跡は誰のものか覚えていますか
そうですね 覚えていませんよね
せいぜい思い出したとしても、今の生徒の誰かでしょうか
これは僕の遺書だから最後に一つ
僕は先生、いや先生たちの傲慢さを決して許さない
「あなたは誰?」私はこの疑問を問う相手が沢山いる。
例えば、
あの日、蝶の群れを追いかけていた幼稚園くらいの子。小さい手をどんなに前へ前へ押し出したって、飛んでいる蝶は待ってはくれない。群れの中でとりわけ目立つ二匹の蝶にその子は目をキラキラさせていた。だけど、蝶たちの嘘に拐かされて、思うがままに怒って、暴れたら、せっかく近くに来てくれた蝶も逃げるに決まってる。顔が見えないが、私から見た、その背中は何故か悲しそうだった。でも、何故だろう?その子は飛び去った蝶から数枚の葉っぱを貰って居たらしく、手のひら一杯に抱えてる。その葉を見たあの子は、子ども嫌いの私が見ても、なんだか嬉しそうな、まだ焦りが抜けないような様子だった。
例えば、
ある日暮れ、空っぽの虫籠を持ちながら泣いていた小学生くらいのあの子。私は知っていた、その空の虫籠にはクラス1の羽を持つ蝶と密偵のように疑り深い蝶 の2匹が入って居たこと。だけど、あの子は自分が好きで来てくれたと勘違いをして、空けっぱなしのまま、公衆トイレに行ってしまった。案の定、籠の餌を堪能した蝶たちは何処かへ飛び立って行ってしまった。留めて置きたいなら蓋を閉めるなり、近くの大人や友達に監視を任せればいいものをトイレから帰ってきたあの子は蝶が居ないと分かるなり、まるでショクを受けたかの様に慄いて、大粒の涙を流し始めた。ベンチに座って、空の虫籠を両手でぎっしり握っていた。母親と思われる女性が駆け寄ってくるまであの子は泣き止まなかった。女性があの子を宥め家に帰ろうと手を握った瞬間、あの子は「明日は…」と何処か決意を固めた顔で言っていたのを見た。たった二匹の蝶も留めて置けなかったのに明日は違うと本気で思ってるのだろうか?理解出来ない。
例えば、
あの夏、何故か一匹だけで飛んでいる活発な蝶と楽しそうにお喋りをしていた、中学生くらいのあの子。その蝶をよく見れば、蛾であった。だから、他の蝶はその異質さを察知して避けていた。それには気づいてない様子であの子は熱心に蛾と面白、可笑しい会話をしていた。それが案に一匹と一人の日常の様に見えるほどには仲睦まじい様子だった。だけど、蛾が発する特有の音が鬱陶しくなったのか、あの子は途中で話しを切って、家に帰ってしまったようだ。その後も何匹かの蝶と交流を図ったようだけど、どれも上手くいってない様子だった。あの蛾はあの子に心酔し切って居たのに、わざわざ他と共有させて自分の内に沸いた独占欲をコントロールしようとするなんて、変な子だ。
例えば、
ある年の夢に出てきた老人。その老人にはパートナーがいた。その人と笑い合って、小さい子供にその皺くちゃになった顔と手の何が自慢なのか、誇らしげな顔をして笑いかけて居た。この光景は母が言って居た理想の形と酷似して居て、見ているだけで嫌悪がさした。だけど、私の目はその老人の姿に釘付けな様で、とても可笑しな感覚だった。
今あげた例えでも4人、その他にも手にナイフを持った女性を頑張って部屋に入れない様にしている子供や空気も読まないでペラペラ変な事を言う学生など、私が「あなたは誰?」と、問いたい輩は沢山いる。だけど自分しか、それを突き止められない。周りの人間に聞いても、いつも同じ答えを口にする。答えになってない解を言う。一言一句違わず、
「そいつらは君自身だ。」と。
冗談も甚だしい。私は絶対に認めない。
では、何故問いたいのか。周りからうるさく言われるなら探究などしないほうが静かに暮らせるのに。探究を辞めない理由を訊かれたら、私は一番にこう答える。「うっとうしいからだ。」と。
日常生活の中で今の私と関係しない事柄が次々に溢れ返ってきたら、しかも、後味の最悪な感情まで置いていくのなら、誰だって嫌だし、止めたいと思うものだろう?
だけど、自分が求める研究資料は何処にもない。解を求める公式も無ければ、道順も曖昧と来てる。
だから、私は今日も問いかけるしか出来無いのだろう「あなたは誰」と。